【Vol.334】“rice”と“lice”は本当に勘違いされるのか?

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今号のメルマガは、日本人が苦手とする「R」と「L」の発音を
間違えた時、外国人に正しく伝わっているのかという話です。
『グローバル・コミュニケーション学入門』(三省堂)から紹介します。

◆“rice”と“lice”を勘違いされることは実際に起こりうるのか?

例えば、「R」と「L」の発音の違いをマスターしないと、以下の
ような勘違いをされるのだとまことしやかに言われます。

We eat rice in Japan.

と言ったときに

We eat lice in Japan.
(日本人はシラミを食べる)

というような勘違いが本当に起こるのか、被験者と使って調べて
みた実験の結果を同書は紹介しています。

実験では合成音声ソフトで読み上げた英文を(A)英米人など英語が
母国語話者(ENL=English as a Native Language)52人、
(B)インド人、シンガポール人、フィリピン人など英語が公用語話者
(ESL=English as a Second Language)63人、(C)中国人、韓国人
など日本人在住の英語が外国語話者(EFL=English as a Foreign 
Language)56人の3グループに聞いてもらい、「話し手は何と言ったと
思いますか?」という質問をしました。下の表の右の数字は、
(A)~(C)各グループ何%の人が単語通りに回答したかを集計した
結果です。

[表]“rice”と“lice”を聞き取った人の割合(%)
(1)I don't want any rice.
(A)EN:98(B)ESL:98(C)EFL:82
(2)I don't want any lice.
(A)EN:75(B)ESL:78(C)EFL:54
(3)These chopsticks are for eating rice.
(A)EN:100(B)ESL:97(C)EFL:80
(4)This powder is for killing lice.
(A)EN:100(B)ESL:95(C)EFL:75
(5)This powder is for killing rice.
(A)EN:50(B)ESL:62(C)EFL:55
(6)These chopsticks are for eating lice.
(A)EN:52(B)ESL:62(C)EFL:25

「『日本人はシラミを食べる』と思われるのか?」という質問に
対する答えの目安になるのは、(5)と(6)の正答率です。
聞こえた通り「ご飯を殺す粉」「シラミを食べるお箸」と解釈した
のは、ENL話者の52%、ESL話者の62%でした。逆に、これらの問題で
「不正解」となった人たちは、聞こえてきた音の情報ではなく、
文脈情報を参考にして「お箸で食べるのなら(liceではなく)riceだろう」
「粉で殺すなら(riceではなく)liceだろう」と解釈したことになります。

つまり、「R」と「L」を発音するのが苦手な人が仮に「R」と
「L」の発音を言い間違えても、ENLやESLの半数ほどの聞き手は、
文のつながりと関連づけて理解しようとしてくれるということです。

「英語の発音が悪いから話せない」と尻込みするよりは、とにかく
声に出して相手に伝える努力をしようというのが同書の主張です。

◆発音に自信がない場合は、文脈を補って誤解される可能性を減らす工夫を

さらに同書がもう一つ指摘しているのは、話者の発音の良し悪しも
さることながら、単語に対する「親密度」によっても伝わりやすさ
が異なるということです。「親密度」とは、その単語に聞き手が
どのくらい馴染みがあるかということです。

話者と聞き手の持つ文化的背景が異なるグローバル・コミュニケー
ションの場面では、自分が日常的に使っている単語であっても、
相手にとっては親密度が低い単語である可能性もあります。
スムーズなコミュニケーションを妨げる要員は、実は話者の発音の
良し悪しではなく、話者と聞き手の間で特定の単語やフレーズに対する
親密度が異なることが要因になっている可能性も多いにあります。

Riceの場合、単にriceという単語を使うだけでなく、steamed rice
とかfried riceなどのように文脈を補って話をする気遣いをすると、
発音により誤解される可能性を減らせるのだとも同書では説明して
います。

いかがでしたでしょうか。
みなさんは「R」と「L」の発音の区別に自信がありますか。「R」と
「L」の発音で聞き手に勘違いされてしまったことがありますか。
それはどんな単語でしたでしょうか。発音コンプレックスを抱えて
いる方は、ぜひこれを期に様々な角度からの「単語の伝わり方」に
ついて考えてみてはいかがでしょうか。


◆ソース◆
================================
『グローバル・コミュニケーション学入門』(三省堂)
https://www.amazon.co.jp/dp/4385364168
pp.115-117
================================

【Vol.333】「英国らしさ」と「米国らしさ」の違いとは

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今号のメルマガは、英国人のスモールトークの定番と言われる天候
についての話です。書籍『イングリッシュネス』(みすず書房)から
紹介します。同書の副題は「英国人の(隠された)ふるまいのルール」
です。翻訳書なのですが、邦題の「イングリッシュネス」というのは、
英国らしさ、英国文化の特性、英国人の言動の特徴、英国人の国民性
――を包括的に表す言葉として選ばれています。これはなんだか
気になりますね。

◆天候の挨拶で問いかけられたら、何らかの応答をすることが必要

以前には、少なくともある種の社交的な場面では、「ご機嫌いかが
ですか」(How do you do?)という挨拶がありました。しかし、その
質問をオウム返しにHow do you do?と答える挨拶は現在では多くの
人々に古めかしいとみなされ、もはや普遍的標準的挨拶としては
用いられていません。How do you do?は健康状態を本気で尋ねて
いるのではないのですが、天候の話も本気で話題にしているわけ
ではありません。

例えば「いいお天気ですね」「うわー、寒いですね」「まだ降って
いるんですか」などの問いかけは、儀礼的な挨拶であり、会話の
きっかけであり、沈黙の間を埋めるためのものです。

英国人が天候の話をするのは一種の「グルーミング・トーク」
(潤滑油の働きをする会話)で、類人猿に見られる「ソーシャル・
グルーミング」(たとえ、毛が完全に清潔であろうとも、相手との
絆を保つために、お互いに何時間も毛繕いし合う行為)に相当します。

同書によると、調査の結果、天候の話が決して年配の人々の間の古い
習慣というわけではありません。たとえば、18歳~24歳の年齢層から
は、人々が天候の話を頻繁に用いるのは、それが感じよく礼儀正しく
振舞うのに役立つからだという意識が最も顕著に浮かび上がっています。
若い年齢層は、「天候の話が相手の機嫌を探る手がかりになる」と
考えており、その点が、年配の人たちと比べて著しい特徴を示しています。

「いいお天気ですね」「うわー、寒いですね」「まだ降っているん
ですか」というような問いかけは、「お話したいのだけれど、構い
ませんか」とか、ある場合には単に「ハロー」という代わりに英国人
が使う決まり文句です。

天候の話にはルールが存在し、「ほんとうにね」とか、意味のない
儀礼的は返答をすれば良いのです。それは「ええ、私はあなたと
話します」「あなたに挨拶します」に相当する決まり文句です。
そのような応答をしないことは、小さなエチケット違反を犯し、
「いいえ、私はあなたと挨拶を交わすつもりはありません」という
やや無礼なメッセージを送ることになります。

天候についてのコメントが問いかけとして(あるいは疑問文のイント
ネーションで)発せられるのは、それが返答を必要としているからです。
とはいえ内容ではなく、応答すること自体が大事になります。口火を
切るためには天候についてのどのような質問的コメントでも良いし、
どのようなもごもごした賛同(あるいは受けるだけの「そうですね」)
でも返事として通用します。

天候を巡る会話は、成文化されていないけれど、暗黙のうちに了承
されているルールに則って行われる「様式的」なやりとりです。

◆天候の話が登場する場面

天候の話がふさわしい特定の場面が存在します。それは以下のような場面です。

・単なる挨拶として
・他の話題へとつなぐ準備として
・他の話題に関して会話が停滞し、気まずい不快な沈黙が生まれた時、
その場しのぎの、沈黙を埋める、あるいはそれに代わる話題として
・話者が個人的な内輪の話題を避けたがっているというシグナルとして
・不平を漏らす恰好な口実として
・ユーモアやウイットを発揮する機会として
・相手の機嫌を探る方法として
・ストイックな精神を示す機会として

英国人は挨拶としてまず天候の話をし、さらに会話の手始めに天候の
話を続け、それから間を置いてジョークや不満の種として、または
内輪の話を避けるために、時にはストイックな精神を示そうと、天候
の話をします。

◆天候の話には「同意」を表す応答をする

英国の天候は気まぐれで捉えがたいので、常に新たなコメントをし、
驚き、次の天候を推測し、嘆き、あるいはこれが最も重要な点なの
ですが、同意する内容に事欠きません。ここで天候の話に関する
重要なルール「いつも同意すること」というものが存在します。
天候の話では相手が誰であろうと決して反駁してはなりません。
応答では同意することがエチケット上、要求されています。同意を
示さないのは重大なエチケット違反です。

たとえば「うわ~、寒いですね」に対して「いや、結構暖かいですよ」
と答えるのは無作法です。合理的な回答ではなく、社交的な回答を
要求されます。コメントが明らかに間違っている時でさえ、常に同意
しなければなりません。

いかがでしたでしょうか。
実は、同書の原書は“米国人読者”に向けて書かれた書籍です。
(原書名はWatching the English)日本人は「欧米人」という一まとめ
に括りがちで、特に米国は英国の元植民地だったこともあり、親戚
関係のように考えてしまいますが、米国人からみると英国人は
「謎の生き物」だと言うことです。

第二次世界大戦後、日本人が接してきた英語文化はその大部分が
米国の文化なので、英国文化に対する認識が同書を読むと改まります。
みなさんは、米国人と英国人の国民性の違いはどういうところだと
思いますか?


◆ソース◆
================================
『イングリッシュネス』(みすず書房)
https://www.amazon.co.jp/dp/4622086603
pp.39-53
================================

【Vol.332】質問好きの米国人 VS 質問できない日本人

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今号のメルマガは、日米のコミュニケーションスタイルの違いに
ついてです。書籍『SONYとマッキンゼーとDeNAとシリコンバレーで
学んだ グローバル・リーダーの流儀』(ディスカヴァー・トゥエン
ティワン)から紹介します。

同書によると、日本人同士のコミュニケーションと、米国人同士の
それとは、言語でなく、そもそもスタイルが全く違うのだと言います。
同書の著者である森本作也氏の経験上から以下の3つの軸
(1)メッセージが伝わる・伝わらないの責任の所在は話し手か聞き手か?
(2)表現のスタイルは直接か間接か?言語か非言語か?
(3)マインドセットはポジティブ志向かネガティブ志向か?
――で考えると理解しやすいのだと述べています。

それでは早速、それぞれの特徴を順番にみていきましょう。

(1)メッセージが伝わる・伝わらないの責任の所在は話し手か聞き手か?

日本人と米国人で違うのは、スピーチやプレゼンテーションの後の
質疑応答です。日本では「質問は?」と聞いてもなかなか手が挙がり
ません。質問しない理由は「偉い人に直接質問するのは畏れ多い」
「人前で的外れな質問をして『馬鹿な奴』と思われたくない」など
いろいろ考えられますが、日本人にはかなり共通した気質です。

一方、米国では「質問は?」と聞かれると、待ってましたとばかりに
手が挙がります。

両国の気質の違いは幼稚園児から大人まで共通しています。この違いは
どうして生まれるのでしょうか。日本人のほうが理解力が高い?
米国人のほうが人前で恥をかくことを畏れない?同書によるとどちらも
不正解です。同書は「メッセージが伝わる・伝わらないの責任の所在は
話し手か聞き手か?」にあると喝破します。

日本ではメッセージを伝える責任の所在が「聞き手」にあります。
メッセージがきちんと伝わらないのは、聞き手の記憶力や理解力が
低いからとみなされます。メッセージが分かりにくくても、聞き手は
自分の能力の低さが露呈するような質問を避け、自分の頭で行間や
表情を読み、話し手のこれまでの言動までも考慮して真意を理解しよう
と努めます。

米国ではメッセージを伝える責任の所在が「話し手」にあります。
メッセージが伝わらないのは話が下手ということに帰結します。
メッセージが分かりにくい場合は、徹底的に質問し、追及します。

(2)表現のスタイルは直接か間接か?言語か非言語か?

下の図のマトリックスは、ジャパン・インターカルチュラル・コン
サルティング社が行った、日本人と米国人のコミュニケーションの
分析を分かりやすく整理したものです。

        直接的、対立を厭わない
言語コミュニ       ↑      非言語コミュニ
ケーションに依存  ←     →   ケーションに依存  
             ↓
         間接的、対立を回避

横軸は言語コミュニケーションへの依存度です。左にいくほど、
言語コミュニケーションへの依存度が高く、右にいくほど低い、
つまり非言語コミュニケーションへの依存度が高い文化です。
「メッセージを伝える責任の所在」とも関係が深く、言語コミュニ
ケーションに依存する文化では、メッセージを伝える責任の所在は
話し手にあり、非言語コミュニケーションに依存する文化では、
その責任は聞き手にあります。

縦軸はコミュニケーションが直接的か間接的か、という比較です。
上にいくほど、問題を解決するときにオープンで直接的に話すことを
重要視し、下にいくほど、人間関係を重視して意見の対立を避け、
間接的なコミュニケーションを選ぶ文化です。

この2軸で整理すると、日本人の文化は図の右下に位置し、「非言語に
強く依存」し、「わりと間接的」です。文脈や人間関係を考慮し、
さらに多少の比喩を織り交ぜて、あいまいな表現を使ってメッセージを
伝えようとします。日本語では「一を聞いて十を知る」「阿吽の呼吸」
「行間を読む」「空気を読む」などの表現にあるように、明確な言葉に
なっていないメッセージも重要です。

米国人は図の左上に位置し「聴者に推測の余地を与えない」程度に
直接的ですが、「相手を傷つけることをありのままに言う」ほどでは
ありません。

(3)マインドセットはポジティブ志向かネガティブ志向か?

シリコンバレー人は超ポジティブ志向で、ネガティブな雰囲気を
病的に嫌がります。同書によると、重病人に「調子はどう?」と
聞いても「元気です」と答えるということです。シリコンバレー人が
全員、常にポジティブで楽観的なのかというと、そういうわけでは
ありません。彼らも人間ですから、嫌なことも辛いこともあります。
親しくなって個人的な話を聞くと、ポジティブな態度の合間に、
さまざまな問題や悩み、不安が垣間見えることがあると言います。
彼らの病的にポジティブな姿勢は「作られた」部分もあるようです。

しかし、ネガティブな言葉を口にすれば、それが自分を縛って後ろ
向きな気持ちになって芳しくない結果を招き、さらに気持ちはより
ネガティブになるという「負のスパイラル=負け犬への道」を彼らは
恐れているのです。だから、やせ我慢をしてでも、それに耐えようと
するし、チームではお互いに鼓舞しあってポジティブな雰囲気を作ろう
とします。

いかがでしたでしょうか。
一筋縄に「外国人」とくくってしまうのは非常に危険です。本メルマガで
紹介した日米だけでなく各国の文化の違いをPEGL[ペグル]のリーダー
シップ力トレーニングコースの中でもCultural Intelligenceという
科目内で学びます。講師は、(2)の中で触れているジャパン・
インターカルチュラル・コンサルティングの創立者兼社長を務める
ロッシェル・カップ氏で、違った文化の仕事相手―顧客、部下、上司、
同僚、サプライヤー、提携先などと、より良いコミュニケーションと
人間関係を形成するコツを(2)で紹介した図にポジショニングして
学んでいきます。みなさんは普段、どのような態度で外国人に接して
いますか?


◆ソース◆
================================
『SONYとマッキンゼーとDeNAとシリコンバレーで学んだ 
グローバル・リーダーの流儀』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
https://www.amazon.co.jp/dp/4799314165/
pp.150‐170
================================

【Vol.331】グローバル環境で日本人の「美徳」を守るべきか?

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今号のメルマガは、日本にとってのグローバリゼーションとは
「日本独自のやり方で『道』を究めるか」、あるいは「妥協して
世界の趨勢に合わせ、より大きな土俵での勝負に出るか」のトレード
オフにあるという話です。書籍『グローバル・マインド 超一流の
思考原理』(ダイヤモンド社)から紹介します。

著者はマッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、SAPジャパン代表
取締役やルイ・ヴィトン・ジャパン・カンパニーCEOなどを歴任した
藤井清孝氏です。藤井氏は、グローバリゼーションの本質の一つは
「最大公約数」の推進だと述べています。例として、日本の国技で
ある柔道と大相撲にみる、国際化の違いについて取り上げています。

◆「道」を究めるか、「最大公約数」の推進か

1964年の東京オリンピックで競技種目の一つに加わって以来、柔道は
国際化しました。日本人古来の柔道には、「白い柔道着を着て小が大を
倒す一本勝ちの美徳」のようなものがありました。ところがオリン
ピックを観戦すると、カラフルな柔道着、体重別による階級制、
「有効」や「指導」のポイントを重ねての勝負など、「一本勝ちの美徳」
にこだわる日本人の昔の感覚では、本来の柔道が目指している境地から
離れている印象があると藤井氏は述べています。

柔道の例は、ゲーム、プレーヤーと同時にルールも国際化してしまうと、
日本古来の明文化されていない精神は薄まり、世界各国の最大公約数の
ような、分かりやすいけれども、奥の深さが失われてしまうスポーツに
なる良い例だと藤井氏は言います。

それに比べて大相撲は、プレーヤーはモンゴルやジョージア出身の
横綱や大関が幅を利かせて国際化する中、ルールは頑なに日本古来の
ものを守ろうとしています。「土俵に女性が上がってはいけない」
伝統があることが分かり、議論を呼んだぐらい旧態依然とした形を
守っています。横綱昇進基準の一つである「品格」などは、日本以外
では理解されないだろうと藤井氏は述べています。親方制度に始まって、
いろいろな儀式的な動作、立ち合いの仕切りの基準に至るまで、暗黙の
ルールが多く、海外でこれを再現するのは不可能に近いであろうと
藤井氏は述べています。

この、柔道と大相撲の国際化のアプローチの違いは、日本人がグロー
バリゼーションの波にさらされている現在を考えるうえで、示唆に
富んでいるのだと藤井氏は指摘します。

◆グローバル・スタンダードに合わせることはレベルを落とすこと?

「日本独自のやり方で『道』を究めるか」、あるいは「妥協して世界の
趨勢に合わせ、より大きな土俵での勝負に出るか」をビジネス的に
考えると、日本市場が伸びていない以上、後者の選択肢を取らざるを
得ないことが多い状況に置かれています。

藤井氏は飲食業のエピソードを紹介しています。レストランのガイド
ブックの世界的な権威であるミシュラン・ガイドに掲載されたおかげで、
「一見さんお断り」の老舗の料理店が、外国人も含めて急激にお客さん
が増えたものの、マナーが悪く、昔からの馴染みのお客さんが来なく
なってしまったと嘆いているというエピソードです。つまり、「グロー
バル化で市場は拡大したが、ルールが自分のコントロールできないところ
に行ってしまった」、というトレードオフの例だと藤井氏は言います。

英語の問題もこの図式にあてはまると言います。気心の知れた日本人
同士で交わす日本語は大変洗練されています。いちいち言わなくても
わかる簡単な表現や、相手を慮る言葉、尊敬を表す敬語、四季を表す
言葉など、日本語でないととてもニュアンスが伝わりません。また、
日本人は言葉に頼りきらないコミュニケーション術を、長い年月を
かけて磨き上げてきました。

それに対して、英語は多様な人たちの最低共通言語なのだと藤井氏は
言います。上記のような細かなニュアンスのコミュニケーションの
役割を英語に期待するのは、所詮無理な話というわけです。

それゆえに、藤井氏は、学校で英語を第二公用語にするようなアイデア
に反対しています。日本語力を必ず低下させる弊害が現れると危惧し、
日本人はまず日本語で、しっかりと人格や人間関係の軸を作る教育が
不可欠と同書では主張しています。大多数の日本人にとって、英語は
あくまで必要最小限の意思疎通を図るための言語だと割り切ったほうが
良いという立場を藤井氏は取ります。

いかがでしたでしょうか。
日本人の良さとは何なのでしょう。改めて考えさせられます。
グローバルに(英語もマインドも)遅れていることが嘆かれていると
思いきや、片方では「日本人らしさ」を崩してしまうリスクが伴う
場合もあるという藤井氏の主張です。

日本人としてのルーツを大事にしながらも取捨選択、臨機応変に対応
できる人が真のグローバルリーダーに必要なスキルを持つことになる
のでしょう。みなさんはどのように考えますか?

◆ソース◆
================================
『グローバル・マインド 超一流の思考原理』(ダイヤモンド社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4478007659
pp.194‐197
================================

【Vol.330】外国人が日本人に感じる“余計なお世話”とは?

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今号のメルマガは、組織内部での外国人との人間関係、特に上司と
部下の関係についてです。『海外勤務が決まったらすぐ読む本』
(あさ出版)から紹介します。

◆余計なおせっかいは焼かないほうが無難?

「特にEU系の人々(米国ではEU系にルーツを持つ人々)にはおせっかい
を焼いてはならない。これまで日本人の親切心から行うたくさんの
おせっかいが嫌われる状況を見てきた」と同書では述べています。

会社の中で、日本人のおせっかいはどこまでおこなって良いので
しょうか。同書が記述している内容は以下の通りです。

基本的に他人の仕事には口を挟みません。仕事を見ていて「こうする
と良いのに」と思っていても、外国ではその人の仕事はその人が行う
もの、こちら側から親切心で口出しすることは「ありがたい」と思われ
るよりも、「うるさい」と受け取られることが多いと言います。
なぜなら、その企業では、その人は「仕事ができる」と見なされて
雇用されています。逆にその仕事ができないのにも関わらず雇用されて
いるということになれば、その人のプライドの問題に関わるという
ことになります。

その人がどんなやり方で仕事していても「やり切って責務を果たすべき」
という考え方で運営されています。

◆上司と部下の関係はドライに割り切る

また、上司と部下の関係も個人として割り切っています。国内では
「部下の責任は上司の責任」となることが多いと思いますが、海外の
職場では各自が職務明細に従って職務遂行の義務を負っています。
そのため、海外では上司は上司、部下は部下、部下に何か問題がある
場合は、部下が自分で責任を取るのが常識です。海外では、上司や
パートナーの指示が間違っている場合、素直に受け取る部下はいません。
もっとも、間違って指示を出すような能力の低い上司が管理職の
ポジションについていないということのようです。

指示に不明な点がある場合、部下は納得するまで「どうしてですか?」
と上司に聞くし、納得がいかない指示には従いません。それどころか、
上司を上司と思わなくなるため、仕事上のトラブルが発生することに
なります。部下に正当性がある場合は人事異動を申し出ます。日本人の
ように思考停止でそのまま指示に従うということはありません。
そんな上司は辞めさせるか、異動させられることがほとんどです。

◆「連帯責任」は海外には存在しない?

海外の上司は「ボス」と呼ぶにふさわしいパフォーマンスが必要です。
上司は個人であり、部下も個人であるという考え方です。職責職務が
分離しており、部下に問題があった時は、上司が部下の異動も解雇も
できます。組織を健全に維持するため、また成果を上げるために、
上司は自分のチームを常にベストな状態に保つことが役目になります。

仕事を教えることもなく、指示することもあまりありません。上司は
チームの成果と管理と職務遂行上のリスクを管理する立場にあり、
「あーしろ」「こーしろ」とは部下に対して命じません。部下は部下で
考え、どうしたら良いかを自分で判断して行動に移します。その中で
トラブルが発生したら、部下自身で責任を負います。上司は指示を
しているわけではないので部下の責任をとりません。日本では上司への
日々の報告・連絡・相談(報連相)は基本中の基本ですが、報連相では
ない個人任せのマネジメントとはこういう仕組みと機能を持つという
ことです。

例外は、不祥事、不正、正しくないことを目撃した時です。北米でも、
社会の自浄作用は強く残っており、何か正しくないことをしている
人がいたら、必ず何かを注意されている場面に出くわし、「JUSTICE」
というものを感じると同書の著者は述べています。EUでも同じです。
善悪に対してはものすごくうるさく、ルール破りには厳格です。
それに比べると、アジア、アフリカ、中南米では基準が緩やかです。

いかがでしたでしょうか。
メルマガ筆者が実際に聞いたエピソードを披露しますと、ニュージー
ランドで働く友人は、同僚が忙しそうだったのでサポートしようと
したところ「余計なことはしなくていい、仕事量が多いのなら、
別の人を雇う判断をするし、あなたが余計に働いた分、本当は仕事に
就けるはずの人が就けなくなる」と言われたそうです。これも、
いわゆるおせっかいに入るのでしょうね。

みなさんは、日本的な組織のウエットな人間関係と、上記のような
ドライな関係の、良い面と悪い面をどのように考えますか?

◆ソース◆
================================
『海外勤務が決まったらすぐ読む本』(あさ出版)
https://www.amazon.co.jp/dp/486063909X
pp.156‐161
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