【Vol.342】本当に大丈夫?“I'm sorry”の3つの使い分け

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今号のメルマガは、I'm sorry to~とI'm sorry for/about~の
使い方には違いがあるという話です。書籍『英語はもっとネイティブ
感覚で話そう』(語研)から紹介します。

約束の時間に遅れて到着したら、待たせてしまった人に対して
「遅れてすみません」と一言謝らなければなりません。みなさんは、
英語でどのように言うでしょうか?

(1)I'm sorry for being late.
(2)I'm sorry to be late.
(3)I'm sorry I'm late.

おそらくは、上記の表現が思い浮かぶのではないでしょうか。一見
同じことを言っているように見えますが、それぞれニュアンスの違い
はどこにあるのでしょう。

同書の著者によると、(3)I'm sorry I'm late.が最も一般的です。
(1)I'm sorry for being late.も使われるかもしれませんが、
著者の周囲では耳にしないと言います。既にしてしまった過去のこと
について謝る場合は、《I'm sorry(that)+文》で言うことが多いと
のことです。

学校英語では、「~して申し訳ない」の英語はI'm sorry for~や
I'm sorry to~と学んだので、(1)I'm sorry for being late.や
(2)I'm sorry to be late.が思い浮かぶのは無理ありません。
しかしながら、ネイティブスピーカーは(2)I'm sorry to be late.
とは言いません。なぜでしょうか。形容詞sorryの使い方を復習して
みましょう。

◆I'm sorry for/about~
英文解説書『English Grammar in USE』によると、sorryの後に
前置詞のfor/aboutが続く場合の使い方について、以下のように説明
しています。

You can use “sorry for” or “sorry about” (doing something) 
to apologise for something you did before.
(自分が過去にしてしまったことについて謝るためにsorry for/about~を使う)

【例文】
I'm sorry for/about what I said yesterday.
(昨日言ったこと、ごめんなさい)

◆I'm sorry to~
次に、sorry to~を使った「すみません」の解説を同じ英文解説書で
見てみると、以下のように書いてあります。

We also say “sorry to ~” to apologise at the time we do something.
(何かをするときに詫びるためにsorry to~という言い方もある)

【例文】
I'm sorry to interrupt, but do you have a minute?
(話の途中で申し訳ないですけれど、ちょっといいですか?)

I'm sorry to bother you again.
(たびたび邪魔してすみません)

Sorry to be a pain, but can you send me more information?
(お手数ですが、もっと詳しい情報を送ってもらえませんか)

相手から、I'm sorry to~と切り出されると、ネイティブスピーカーは
「おっ、これから謝罪されなければならないようなことをされる/
言われる」と身構える感じになると言うことです。

以上、I'm sorry for/about~とI'm sorry to~の大きな違いが分かり
ました。この違いが、I'm sorry to be late.とは言わない理由に
なります。

I'm sorry to~は“apologize at the time we do something”です
から、何かをするに際して「申し訳ありませんが、今から~します」
という意味になります。I'm sorry to be late.の意味からすると
違和感があることに気が付きます。「申し訳ないですが、今から遅刻
します」と言う意味になってしまうわけですね。遅刻したという過去
の行為についての謝罪ではなくなるわけです。

いかがでしたでしょうか。
I'm sorry to be late.は同書の著者も海外に出た当時を振り返って
「使えると思っていた」と述べています。メルマガ筆者も気づかずに
使ってしまったことがある記憶が残っていますし、同書を読むまで
気づきませんでした。

みなさんは、I'm sorry for/about~とI'm sorry to~を正確に
使い分けていましたか?


◆ソース◆
=================================
書籍『英語はもっとネイティブ感覚で話そう』(語研)
https://www.amazon.co.jp/dp/4876153388
pp.49-51
=================================

【Vol.341】外国人に誤解される?日本人の行動様式

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今号のメルマガは、日本人と外国人、特に米国人との行動様式の
違いについてです。『日本人が誤解される100の言動』(IBCパブリッ
シング)から4つ紹介します。同書によると、どんな国や民族にも、
“暗黙の行動様式”のようなものが存在すると言います。日本では
当たり前なのに、米国では当たり前でない行動様式をピックアップ
しました。みなさんは行動様式の違いに気が付いていたでしょうか?

(1)外国人の上司がそばに来て話しかけてきたら、スク―ッと立ち上がる

机について仕事をしているとき、特に上司や、目上の人がそばに来て
話しかけてくることがあります。日本人は礼儀正しく振る舞うために、
立ち上がって相手とコミュニケーションしようとします。同書による
と、座っている日本人の部下がスク―ッと立ち上がると、外国人は
びっくりして戸惑ってしまうこともあるようです。外国人は立ち上がっ
た日本人の行動を見て、軍隊のような堅苦しさを感じると言います。

ちなみに、米国人は仕事している部下の机の上に腰を下ろして話しかけ
てきたりします。日本人から見れば、自分の机の上に腰掛けて話を
しようとする米国人のほうが失礼千万に思えてしまいます。すぐ目の
前に腰を掛けているその人に、時には強圧的なプレッシャーすら覚えて
しまいます。しかし、米国人は、話をする相手と平等に、しかもリラッ
クスして話をしようとするが故にそうした行動をとるのだと言います。

(2)レストランでの注文の仕方

「型」を重視する日本人の弱点は2つあると同書では言います。
一つは型を破ることができず、一つの方法に固執しがちなことです。
そしてもう一つは、現場や部下が上司の命令に従い過ぎ、個々の
判断や決裁がそれがちになることです。

レストランに行くと、当然メニューの中から注文します。しかし米国
では、往々にしてお客さんは料理に細かい注文をつけているのをしば
しば目撃します。例えば、朝食にトーストを注文するだけでなく、
「トーストの上に目玉焼きをのせて、サイドディッシュにイチゴを
盛った小皿が欲しい」という具合です。日本ではメニューに載って
いないそうした注文には応じてくれない場合がほとんどです。従業員
側にも客側にもメニューに載っていない料理を注文したり注文を受け
入れるという発想がそもそもありません。

(3)混んだ地下鉄の乗り方

例えば、ニューヨーク市内を走る地下鉄を例にとりましょう。
通勤時間帯、ドア付近に人が立っていても、後から乗る人はその人を
奥に押し込むようなことはしません。ですから、ドア付近が混んで
いても、中に立っている人は比較的少ないまま、地下鉄のドアは閉じ
られて、そのまま発車します。

同書によると、米国の人は、自らの立つ場所や場を他人から無理矢理
侵害されることをとても嫌います。これは米国人のプライバシーに
ついての意識の高さに起因した感覚から来るのだということです。

こうした行動様式を知らずに、ニューヨーク市内を走る地下鉄の中に
いる人を押しながら乗車しようとすると、相手から強い抗議を受ける
ことになります。他人から触られることへの抵抗感は米国人のほうが
日本人よりもはるかに高いということです。

それに対して、日本人は地下鉄の中に立っている人を押し込みながら
乗車します。他人同士での押し合いにそれほど気を遣うことはあり
ません。日本人は知り合い同士だと相手の距離をむしろ取ろうと
します。他人同士だと、そうした遠慮がなく、押し合ってしまいます。
不思議なものです。

(4)席の譲り方

バスなどで乗客が譲ろうするとき、例えば、窓側の席が空いていると
します。同書によると米国では、通路側にいる人が立ち上がって、
窓側にその人を通す傾向があります。日本人は自分が窓側に移動して、
自分の席を相手に譲る傾向があると言います。降りるバス停が遠いか
近いか、相手がお年寄りかどうかによっても変わると思いますが、
そのような傾向があるということです。このようなとき、「窓側に
詰めてくれればいいのに」と思うことがあります。

同書によると、自分の「場」をプライバシーの一部と考える文化を
米国人は持つために、通路側の席を確保した状態で、窓側の席を譲る
のだと言います。元々「場」をプライバシーと関連させない日本の
文化では、今まで座っていた通路側の席を譲るのだと言います。

いかがでしたでしょうか。
同書の中で「席の譲り方」に関する箇所を読んで想起したのは、
混んでいる電車の中でも外国人観光客が座るスペースを詰めずに
一人で1.5人分ぐらいを占有している場面をよく目撃する経験です。
日本に滞在中のマナーが外国人観光客が浸透してきているせいなのか、
目撃する場面は減っていますが、混んでいるのに「なぜ?」「鈍感
なの?」と不思議に思うこともありました。同書を読んで、自分が
座っている1.5人分のスペースの「場」をプライバシーと考えている
のかなとメルマガ筆者は理解しました。

こういったそもそもの“感覚の違い”を理解していると、仕事や
プライベートでコミュニケーションを取る際にも変に誤解をしたり、
理解できずイライラしたり…ということが減るかもしれませんね。

みなさんは、外国人の行動様式で理解しづらいと思うことはありますか?
それはどのような場面ですか?


◆ソース◆
=================================
『日本人が誤解される100の言動』(IBCパブリッシング)
https://www.amazon.co.jp/dp/4794600593/
pp.36、38、172、174、176
=================================

【Vol.340】メールを送っても外国人が動いてくれない理由

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今号のメルマガは、発信するビジネスメールが、用件を伝達するだけ
ではなく、相手のモチベーションが高まる内容になっていますか?
――という話です。書籍『人を動かす英文ビジネスメールの書き方』
(ダイヤモンド社)から紹介します。

日本語でも英語でも、ビジネスコミュニケーションの目的は一つです。
それは、「相手の心をつかみ、モチベーションを高め、自分の期待
通りの行動を起こしてもらうこと」です。

同書によるとその決め手となるのは論理性でも合理性でもなく、信頼
と尊敬に基づく「気くばり」なのだと言います。

「気くばり」というと、難しい言葉を避け、優しく丁寧に接すること
のように思われがちです。しかし、ビジネスにおける本当の「気くばり」
とは、そんな生易しいものではないのだと同書は言います。相手の
心に響くメッセージを発信しなければなりません。人の心を動かし、
動機付けするパワーは、「英語の洗練度」ではなく「信頼と尊敬」
だと言います。

ビジネスでは、相手との利害対立を避けることは難しく、自分個人
としては不本意な依頼や要求を相手に対してしなければならない
シーンがあります。相手にとって、それは決して喜んで同意したくは
ないことかもしれません。

そのような場合でも、相手を「理性的に対応しよう」という気持ちに
させるには、相手の自尊心に深く配慮し「気くばり」したメッセージ
を添えることが効果的です。

具体的にはどういうことなのでしょうか。
商品を貨物で受け取るというビジネスシーンで、それが当方のニーズ
を満たさない商品であるため、貨物の受け取りを拒否する例で考えて
みましょう。【NG例】→【気くばり例】の順番でみていきます。
まずは【NG例】です。

【NG例】
We cannot accept the delivery of the products because you 
failed to deliver one of the items we ordered as specified in 
our order sheet.
(配送された貨物には、弊社の発注書に記載した通りの注文品のうち、
1項目について梱包漏れがあったため、受け取ることができません)

上記のメッセージは、「ストレートでビジネスライク」という観点
からは、理由と共に受け取り拒否の意思を伝達できます。しかし、
内容がやや舌足らずで、用件の伝達のみにとどまっているため、
「相手の心を動かし、成果をあげるための信頼関係」を築くことは
できないでしょう。それに対して、相手の自尊心に「気くばり」した
メッセージを以下の例で見てみましょう。

【気くばり例】
We have enjoyed successful business with your company for 
over 12 years and have always been impressed by your outstanding 
services untill today. On checking the products delivered 
yesterday, however, we were unpleasantly surprised to discover 
that one item listed on your packing list has not been included 
in this shipment.
(貴社との12年を超えるお取引には感謝しており、今日まで貴社の
傑出したサービスの高さには関心しております。しかし、昨日配送
いただいた貨物のうち、貴社の梱包明細書に記載されている項目で
1点梱包漏れがあることに気が付きました。このようなことは過去に
一度もありませんでしたので、率直に驚いております) 

気くばりとして、
(1)取引の期間:「12年を超える素晴らしいサービスに対する感謝と満足」
(2)取引の質 :「梱包漏れは12年間1度もなかった」
――ことに言及することで、今回は梱包漏れというミスを起こして
しまった相手も「プライドにかけて早期に問題解決したい」という
気持ちになるでしょう。たとえ相手に「梱包漏れ」のような落ち度
がある場合でも、その内容が比較的軽微なら、「苦情という用件を
伝達する前に相手の自尊心を高める」アプローチが、早期のトラブル
解決につながると同書は述べています。

いかがでしたでしょうか。
みなさんはビジネスメールを受け取って、「自分のモチベーションが
高まった」という経験がありますでしょうか。メールをくれた相手に
対して好感も持つし、いい仕事をするという行動につながるのは
間違いありません。相手が自分に対する「気くばり」からそのような
メールをくれたのかどうかは、相手本人に聞いてみなければわかり
ませんが、日本人が日常生活で大切にする“思いやりの精神”なの
だろうと推察します。

上の【NG例】のような用件の伝達だけでは相手の心を動かして、
良い仕事をしてもらうためのモチベーションの向上にはつながらない
ことは確かですね。

翻って、自分が発信しているビジネスメールは、用件の伝達だけに
なってしまっているということにメルマガ筆者は改めて反省させられ
ました。

みなさんはビジネスメールを発信するとき、受け取って読んだ相手の
心に響き、モチベーションがアップすることを意識した内容にして
いますか?


================================
『人を動かす英文ビジネスメールの書き方』(ダイヤモンド社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4478102589
pp.22‐23
================================

【Vol.339】日本人が使いがちな“so”の誤用とは?

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今号のメルマガは、因果関係を表す接続詞“so”や副詞の“so”の
正しい使い方の話です。書籍『日本人の英語はなぜ間違うのか』
(集英社文庫)から紹介します。

(1)接続詞“so”が使えるのは、前後の文の因果関係が強い時だけ

たった2文字の接続詞のせいか、“so”という接続詞を安易に使って
しまいがちです。しかしながら、「日本人が使う“so”は誤用である
ことが多い」と同書の著者は指摘します。

典型的な誤用を次の例文でみてみましょう。

【誤用の例文】
I am from Shizuoka. So I live alone in an apartment.
(私は静岡出身です。だから当然なことに、私はアパートでひとり
暮らしをしています)

一見すると、間違いではないように見えます。前後2つ文の“論理的
関係”を表すために、2番目の文の冒頭に、Soを安易につけてしまい
がちです。

「因果関係を示す表現に関して、日本語のほうが英語よりもだいぶ
制限が緩い」のだと同書の著者は指摘します。“英語的論理”から
すると、日本語の「静岡出身なので、アパートでひとり暮らしを
している」という論理は成り立たず、「静岡出身であり(and)、今
アパートでひとり暮らしをしている」のようにandを使わなければ
なりません。

というのも、東京では静岡出身の大学生で、必ずしもアパートでは
なく、寮や一戸建に住んでいる人もいれば、ひとり暮らしではなく、
2人や3人で暮らしている人も少なくないからです。新幹線通学する
大学生もいます。つまり、「静岡出身」だからといって、何も
「アパートでひとり暮らし」と選択肢が決まっているわけではないのです。

「静岡出身」であることと「アパートでひとり暮らしをすることの
必然性」との間にある“論理的飛躍”は大きいと言え、接続詞“so”
を使うことができません。

【“and”を使った正しい文】
I’m from Shizuoka, and I live alone in an apartment.

接続詞のandには「[結果の意を含んで]それで、だから」を表す
機能があります。下記の例文のようにandも因果関係を示します。
andは便利な接続詞なのです。

【接続詞“and”を使う例文】
I was tired and decided not to go.
(私は疲れていて、行かないことにした)

I love the music of the Beatles, and listen to it often.
(私はビートルズの音楽が大好きで、よく聴きます)

以下の例文のように固い因果関係の場合なら、“so”を使うことに
問題はありません。

【接続詞“so”を使う例文】
He was in another country on the day of the murder, so it 
couldn't have been he who did it.
(彼は、その殺人があった日には、外国にいたから、彼がやった
はずがない)

I don't have any money myself, so I can hardly loan you 
100,000 yen.
(私だってお金が全然ないから、あなたに10万円貸してあげるなんて
考えられない)

(2)副詞“so”は“very”の代用ではない

“very”(非常に)の代わりに副詞として使う“so”についても同書は
誤用を指摘しています。

【誤用の例文】
My mother was so anxious that I should come home for the New Year.
(私の母は、私がお正月に帰省することをあまりに願っていました)

“so”を単純に“very”(=非常に)の代わりに使ってしまいがちですが、
「程度を表す副詞の“so”」の基本的な役割は別にあります。
具体的に言えば、そうした副詞の“so”は“so~that~”=「~する
[である]ほど~する[である]」という使い方が基本です。しかし
ながら、上記の文の“so”の使い方は、so~that~”の構文ではない
ので誤用というわけです。

【副詞“so”ではなく“very”を使わなければならない文】
My mother was very anxious that I should come home for the 
New Year.

【副詞“so”を使う例文】
My mother was so surprised [that]she fainted.
(母はあまりの驚きで、気絶してしまいました。=母は気絶してしまう
ほど驚きました)

いかがでしたでしょうか。
同書の指摘によると、接続詞“so”も副詞“so”も中学、高校の
英語の教科書には誤った例文が散見されるということです。
みなさんは、正しい接続詞“so”や正しい副詞“so”の使い方を
知っていたでしょうか。


◆ソース◆
================================
『日本人の英語はなぜ間違うのか』(集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/4087457729
pp.105-128
================================

【Vol.338】西洋人と東洋人のものの見方・思考の違い

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今号のメルマガは、西洋人と東洋人のものの見方・考え方が文化に
よっていかに違うのかといいう話です。書籍『木を見る西洋人 
森を見る東洋人 思考の違いはいかにして生まれるか』(ダイヤモンド社)
から紹介します。

同著によると、違いが分かりやすい例として、同じ殺人事件を報じた
新聞記事が、西洋と東洋で以下のように大きな違いが見られるのだと
言います。米国と中国の例です。

1991年、アイオワ大学で物理学を専攻する中国人学生、ガン・ルーが、
ある賞の選考レースに敗れました。彼はその決定に抗議しましたが、
通らず、その後就職にも失敗してしまいました。同年10月、彼は同大学の
物理学の研究棟に出向き、彼の抗議を処理した指導教官、仲間の学生や
居合わせた人々数名を射殺した後に、自らも命を絶ちました。

この事件を報じた大学新聞があり、もっぱらガン・ルーという個人の
特性と目される事柄に焦点を当てていることに、あるミシガン大学
大学院の大学院生が気づきました。同新聞では例えば、

・性格上の欠点(「大変な癇癪持ち」「危険な性格」)
・考え方 (「不満のもとを取り除くには銃が必要な手段だと信じていた」)
・精神面の問題(「成功の破壊の衝動に駆り立てられた、陰湿な精神
障害を持つ人間」「挑戦されることに伴う心理的問題」)
――に関する記述が目立っていたということです。

同大学院生は仲間の学生に、「中国語の新聞ではこの殺人事件がどう
報じられているのか」を尋ねました。両紙の報道は「これ以上ない」
というくらいに異なっていました。中国語の新聞は、ルーの周囲の
状況に関する原因を強調していました。具体的に説明の焦点は、

・ルーの人間関係(「指導教官とうまくいっていなかった」「殺された
学生とはライバル関係にあった」「中国人コミュニティで孤立していた」)
・中国人社会におけるプレッシャー(「中国の英才教育方針の犠牲者」)
・米国の環境(「米国では銃所持が可能である」)
――などに向けられていました。

では、クオリティー・ペーパーと言われる新聞ではどうなのでしょうか。
ガン・ルーの事件を報じた「ニューヨーク・タイムズ」紙と中国語紙の
「世界日報」の記事について体系的な内容分析を行いました。この
客観的な手続きの結果は、大学新聞を読んだ第一印象が正しいことを
示していたと言います。

しかしながら、ここで注目したいのは、ガン・ルーの事件は加害者が
“中国人”だったということです。米国紙が加害者を非難したのは
加害者がたまたま中国人だったからであり、中国語紙が状況に原因を
求めたのは自国の民をかばうためだったのではないか?という疑念が
生じるところですが、折も折、非常によく似た別の大量殺人事件が
発生し、今度は犯人が“米国人”だったため、ここで改めて、新聞
記事の違いが愛国主義によるものか、世界観の違いによるものかが
明らかになったと同書では言います。

ガン・ルーによる事件が起きたのと同じ年、ミシガン州の米国人郵便
配達人、トマス・マクルーヴェーンが郵便局を解雇されました。彼は
その決定に対する抗議を労働組合に申し入れましたが通らず、その後、
正社員としての再就職にも失敗してしまいました。同年11月、彼は
以前働いていた郵便局に出向き、抗議を処理した上司、同僚や
居合わせた人々数名を射殺した後に、自らも命を絶ちました。

再度、マクルヴェーンの事件を報じた「ニューヨーク・タイムズ」と
「世界日報」の内容を分析しました。その結果、中国人ガン・ルーの
ときとまったく同じ傾向が再度見い出されたと言います。

「ニューヨーク・タイムズ」は、
・マクルヴェーンの過去の行動から推測される考え方や特性(「暴力
による脅しを繰り返していた」「すぐカッとなる傾向があった」
「格闘技をこよなく愛していた」「情緒不安定だった」)
――など、個人的な属性に焦点を当てていました。

これに対して「世界日報」は、
・マクルヴェーンに影響を与えた状況要因(「加害者は最近解雇されて
いた」「郵便局の上司とは仲が悪かった」「テキサスで最近起きた事件
に感化されていた」)
――という内容を強調していました。

さらに、「もし状況が違っていたら、この殺人事件は起きていたと
思うか?」というヒアリングを大学生に対して行っています。米国人と
中国人の反応は大きく異なっていたと言います。米国人は、長年に
わたって形成された犯人の荒々しい気性こそが事件の鍵だと信じる
傾向が強いため、状況が変わっても、やはり事件は起きただろうと
答える傾向があると言います。

いかがでしたでしょうか。
折しも、米中がお互いの輸入品の関税率を引き上げる応酬を繰り広げる
貿易戦争を始めています。米国は、関税率という木だけを見ています。
中国も同じ関税率の引き上げで対抗していますが、木だけではなく
中国が森を見ているとすると、関税率の引き上げだけでない対抗手段
も検討するのでしょうか。

「木を見る西洋人 森を見る東洋人」の例として、みなさんは、
どのようなエピソードを思いつきますか。あるいはどのような反例を
思いつきますか。


◆ソース◆
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『木を見る西洋人 森を見る東洋人 思考の違いはいかにして生まれるか』
(ダイヤモンド社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4478910189/
pp.129-132
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