【Vol.340】メールを送っても外国人が動いてくれない理由

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今号のメルマガは、発信するビジネスメールが、用件を伝達するだけ
ではなく、相手のモチベーションが高まる内容になっていますか?
――という話です。書籍『人を動かす英文ビジネスメールの書き方』
(ダイヤモンド社)から紹介します。

日本語でも英語でも、ビジネスコミュニケーションの目的は一つです。
それは、「相手の心をつかみ、モチベーションを高め、自分の期待
通りの行動を起こしてもらうこと」です。

同書によるとその決め手となるのは論理性でも合理性でもなく、信頼
と尊敬に基づく「気くばり」なのだと言います。

「気くばり」というと、難しい言葉を避け、優しく丁寧に接すること
のように思われがちです。しかし、ビジネスにおける本当の「気くばり」
とは、そんな生易しいものではないのだと同書は言います。相手の
心に響くメッセージを発信しなければなりません。人の心を動かし、
動機付けするパワーは、「英語の洗練度」ではなく「信頼と尊敬」
だと言います。

ビジネスでは、相手との利害対立を避けることは難しく、自分個人
としては不本意な依頼や要求を相手に対してしなければならない
シーンがあります。相手にとって、それは決して喜んで同意したくは
ないことかもしれません。

そのような場合でも、相手を「理性的に対応しよう」という気持ちに
させるには、相手の自尊心に深く配慮し「気くばり」したメッセージ
を添えることが効果的です。

具体的にはどういうことなのでしょうか。
商品を貨物で受け取るというビジネスシーンで、それが当方のニーズ
を満たさない商品であるため、貨物の受け取りを拒否する例で考えて
みましょう。【NG例】→【気くばり例】の順番でみていきます。
まずは【NG例】です。

【NG例】
We cannot accept the delivery of the products because you 
failed to deliver one of the items we ordered as specified in 
our order sheet.
(配送された貨物には、弊社の発注書に記載した通りの注文品のうち、
1項目について梱包漏れがあったため、受け取ることができません)

上記のメッセージは、「ストレートでビジネスライク」という観点
からは、理由と共に受け取り拒否の意思を伝達できます。しかし、
内容がやや舌足らずで、用件の伝達のみにとどまっているため、
「相手の心を動かし、成果をあげるための信頼関係」を築くことは
できないでしょう。それに対して、相手の自尊心に「気くばり」した
メッセージを以下の例で見てみましょう。

【気くばり例】
We have enjoyed successful business with your company for 
over 12 years and have always been impressed by your outstanding 
services untill today. On checking the products delivered 
yesterday, however, we were unpleasantly surprised to discover 
that one item listed on your packing list has not been included 
in this shipment.
(貴社との12年を超えるお取引には感謝しており、今日まで貴社の
傑出したサービスの高さには関心しております。しかし、昨日配送
いただいた貨物のうち、貴社の梱包明細書に記載されている項目で
1点梱包漏れがあることに気が付きました。このようなことは過去に
一度もありませんでしたので、率直に驚いております) 

気くばりとして、
(1)取引の期間:「12年を超える素晴らしいサービスに対する感謝と満足」
(2)取引の質 :「梱包漏れは12年間1度もなかった」
――ことに言及することで、今回は梱包漏れというミスを起こして
しまった相手も「プライドにかけて早期に問題解決したい」という
気持ちになるでしょう。たとえ相手に「梱包漏れ」のような落ち度
がある場合でも、その内容が比較的軽微なら、「苦情という用件を
伝達する前に相手の自尊心を高める」アプローチが、早期のトラブル
解決につながると同書は述べています。

いかがでしたでしょうか。
みなさんはビジネスメールを受け取って、「自分のモチベーションが
高まった」という経験がありますでしょうか。メールをくれた相手に
対して好感も持つし、いい仕事をするという行動につながるのは
間違いありません。相手が自分に対する「気くばり」からそのような
メールをくれたのかどうかは、相手本人に聞いてみなければわかり
ませんが、日本人が日常生活で大切にする“思いやりの精神”なの
だろうと推察します。

上の【NG例】のような用件の伝達だけでは相手の心を動かして、
良い仕事をしてもらうためのモチベーションの向上にはつながらない
ことは確かですね。

翻って、自分が発信しているビジネスメールは、用件の伝達だけに
なってしまっているということにメルマガ筆者は改めて反省させられ
ました。

みなさんはビジネスメールを発信するとき、受け取って読んだ相手の
心に響き、モチベーションがアップすることを意識した内容にして
いますか?


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『人を動かす英文ビジネスメールの書き方』(ダイヤモンド社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4478102589
pp.22‐23
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【Vol.339】日本人が使いがちな“so”の誤用とは?

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今号のメルマガは、因果関係を表す接続詞“so”や副詞の“so”の
正しい使い方の話です。書籍『日本人の英語はなぜ間違うのか』
(集英社文庫)から紹介します。

(1)接続詞“so”が使えるのは、前後の文の因果関係が強い時だけ

たった2文字の接続詞のせいか、“so”という接続詞を安易に使って
しまいがちです。しかしながら、「日本人が使う“so”は誤用である
ことが多い」と同書の著者は指摘します。

典型的な誤用を次の例文でみてみましょう。

【誤用の例文】
I am from Shizuoka. So I live alone in an apartment.
(私は静岡出身です。だから当然なことに、私はアパートでひとり
暮らしをしています)

一見すると、間違いではないように見えます。前後2つ文の“論理的
関係”を表すために、2番目の文の冒頭に、Soを安易につけてしまい
がちです。

「因果関係を示す表現に関して、日本語のほうが英語よりもだいぶ
制限が緩い」のだと同書の著者は指摘します。“英語的論理”から
すると、日本語の「静岡出身なので、アパートでひとり暮らしを
している」という論理は成り立たず、「静岡出身であり(and)、今
アパートでひとり暮らしをしている」のようにandを使わなければ
なりません。

というのも、東京では静岡出身の大学生で、必ずしもアパートでは
なく、寮や一戸建に住んでいる人もいれば、ひとり暮らしではなく、
2人や3人で暮らしている人も少なくないからです。新幹線通学する
大学生もいます。つまり、「静岡出身」だからといって、何も
「アパートでひとり暮らし」と選択肢が決まっているわけではないのです。

「静岡出身」であることと「アパートでひとり暮らしをすることの
必然性」との間にある“論理的飛躍”は大きいと言え、接続詞“so”
を使うことができません。

【“and”を使った正しい文】
I’m from Shizuoka, and I live alone in an apartment.

接続詞のandには「[結果の意を含んで]それで、だから」を表す
機能があります。下記の例文のようにandも因果関係を示します。
andは便利な接続詞なのです。

【接続詞“and”を使う例文】
I was tired and decided not to go.
(私は疲れていて、行かないことにした)

I love the music of the Beatles, and listen to it often.
(私はビートルズの音楽が大好きで、よく聴きます)

以下の例文のように固い因果関係の場合なら、“so”を使うことに
問題はありません。

【接続詞“so”を使う例文】
He was in another country on the day of the murder, so it 
couldn't have been he who did it.
(彼は、その殺人があった日には、外国にいたから、彼がやった
はずがない)

I don't have any money myself, so I can hardly loan you 
100,000 yen.
(私だってお金が全然ないから、あなたに10万円貸してあげるなんて
考えられない)

(2)副詞“so”は“very”の代用ではない

“very”(非常に)の代わりに副詞として使う“so”についても同書は
誤用を指摘しています。

【誤用の例文】
My mother was so anxious that I should come home for the New Year.
(私の母は、私がお正月に帰省することをあまりに願っていました)

“so”を単純に“very”(=非常に)の代わりに使ってしまいがちですが、
「程度を表す副詞の“so”」の基本的な役割は別にあります。
具体的に言えば、そうした副詞の“so”は“so~that~”=「~する
[である]ほど~する[である]」という使い方が基本です。しかし
ながら、上記の文の“so”の使い方は、so~that~”の構文ではない
ので誤用というわけです。

【副詞“so”ではなく“very”を使わなければならない文】
My mother was very anxious that I should come home for the 
New Year.

【副詞“so”を使う例文】
My mother was so surprised [that]she fainted.
(母はあまりの驚きで、気絶してしまいました。=母は気絶してしまう
ほど驚きました)

いかがでしたでしょうか。
同書の指摘によると、接続詞“so”も副詞“so”も中学、高校の
英語の教科書には誤った例文が散見されるということです。
みなさんは、正しい接続詞“so”や正しい副詞“so”の使い方を
知っていたでしょうか。


◆ソース◆
================================
『日本人の英語はなぜ間違うのか』(集英社文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/4087457729
pp.105-128
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【Vol.338】西洋人と東洋人のものの見方・思考の違い

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今号のメルマガは、西洋人と東洋人のものの見方・考え方が文化に
よっていかに違うのかといいう話です。書籍『木を見る西洋人 
森を見る東洋人 思考の違いはいかにして生まれるか』(ダイヤモンド社)
から紹介します。

同著によると、違いが分かりやすい例として、同じ殺人事件を報じた
新聞記事が、西洋と東洋で以下のように大きな違いが見られるのだと
言います。米国と中国の例です。

1991年、アイオワ大学で物理学を専攻する中国人学生、ガン・ルーが、
ある賞の選考レースに敗れました。彼はその決定に抗議しましたが、
通らず、その後就職にも失敗してしまいました。同年10月、彼は同大学の
物理学の研究棟に出向き、彼の抗議を処理した指導教官、仲間の学生や
居合わせた人々数名を射殺した後に、自らも命を絶ちました。

この事件を報じた大学新聞があり、もっぱらガン・ルーという個人の
特性と目される事柄に焦点を当てていることに、あるミシガン大学
大学院の大学院生が気づきました。同新聞では例えば、

・性格上の欠点(「大変な癇癪持ち」「危険な性格」)
・考え方 (「不満のもとを取り除くには銃が必要な手段だと信じていた」)
・精神面の問題(「成功の破壊の衝動に駆り立てられた、陰湿な精神
障害を持つ人間」「挑戦されることに伴う心理的問題」)
――に関する記述が目立っていたということです。

同大学院生は仲間の学生に、「中国語の新聞ではこの殺人事件がどう
報じられているのか」を尋ねました。両紙の報道は「これ以上ない」
というくらいに異なっていました。中国語の新聞は、ルーの周囲の
状況に関する原因を強調していました。具体的に説明の焦点は、

・ルーの人間関係(「指導教官とうまくいっていなかった」「殺された
学生とはライバル関係にあった」「中国人コミュニティで孤立していた」)
・中国人社会におけるプレッシャー(「中国の英才教育方針の犠牲者」)
・米国の環境(「米国では銃所持が可能である」)
――などに向けられていました。

では、クオリティー・ペーパーと言われる新聞ではどうなのでしょうか。
ガン・ルーの事件を報じた「ニューヨーク・タイムズ」紙と中国語紙の
「世界日報」の記事について体系的な内容分析を行いました。この
客観的な手続きの結果は、大学新聞を読んだ第一印象が正しいことを
示していたと言います。

しかしながら、ここで注目したいのは、ガン・ルーの事件は加害者が
“中国人”だったということです。米国紙が加害者を非難したのは
加害者がたまたま中国人だったからであり、中国語紙が状況に原因を
求めたのは自国の民をかばうためだったのではないか?という疑念が
生じるところですが、折も折、非常によく似た別の大量殺人事件が
発生し、今度は犯人が“米国人”だったため、ここで改めて、新聞
記事の違いが愛国主義によるものか、世界観の違いによるものかが
明らかになったと同書では言います。

ガン・ルーによる事件が起きたのと同じ年、ミシガン州の米国人郵便
配達人、トマス・マクルーヴェーンが郵便局を解雇されました。彼は
その決定に対する抗議を労働組合に申し入れましたが通らず、その後、
正社員としての再就職にも失敗してしまいました。同年11月、彼は
以前働いていた郵便局に出向き、抗議を処理した上司、同僚や
居合わせた人々数名を射殺した後に、自らも命を絶ちました。

再度、マクルヴェーンの事件を報じた「ニューヨーク・タイムズ」と
「世界日報」の内容を分析しました。その結果、中国人ガン・ルーの
ときとまったく同じ傾向が再度見い出されたと言います。

「ニューヨーク・タイムズ」は、
・マクルヴェーンの過去の行動から推測される考え方や特性(「暴力
による脅しを繰り返していた」「すぐカッとなる傾向があった」
「格闘技をこよなく愛していた」「情緒不安定だった」)
――など、個人的な属性に焦点を当てていました。

これに対して「世界日報」は、
・マクルヴェーンに影響を与えた状況要因(「加害者は最近解雇されて
いた」「郵便局の上司とは仲が悪かった」「テキサスで最近起きた事件
に感化されていた」)
――という内容を強調していました。

さらに、「もし状況が違っていたら、この殺人事件は起きていたと
思うか?」というヒアリングを大学生に対して行っています。米国人と
中国人の反応は大きく異なっていたと言います。米国人は、長年に
わたって形成された犯人の荒々しい気性こそが事件の鍵だと信じる
傾向が強いため、状況が変わっても、やはり事件は起きただろうと
答える傾向があると言います。

いかがでしたでしょうか。
折しも、米中がお互いの輸入品の関税率を引き上げる応酬を繰り広げる
貿易戦争を始めています。米国は、関税率という木だけを見ています。
中国も同じ関税率の引き上げで対抗していますが、木だけではなく
中国が森を見ているとすると、関税率の引き上げだけでない対抗手段
も検討するのでしょうか。

「木を見る西洋人 森を見る東洋人」の例として、みなさんは、
どのようなエピソードを思いつきますか。あるいはどのような反例を
思いつきますか。


◆ソース◆
================================
『木を見る西洋人 森を見る東洋人 思考の違いはいかにして生まれるか』
(ダイヤモンド社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4478910189/
pp.129-132
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【Vol.337】知ってる?英語の形容詞を並べる順序・ルール

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今号のメルマガは、形容詞を二つ以上並べて使うときの順番
について――など、ちょっとした英語の雑学をご紹介します。
みなさんは、英文を書くときに形容詞の順番について意識をした
ことはあるでしょうか。実は適当な並び方というわけではなく、
きちんとした順序・ルールがあります。雑学を、書籍『英語の寄り道
こぼれ道』(柏艪舎)から紹介します。


(1)形容詞を2つ以上並べて使うときの順番

セーターの形容詞として以下のようなものを並べたいとします。
small
pink
cotton
cute
new
Canadian

「順番なんて決まっているの?」と驚いてしまいますが、同書に
よると、ネイティブスピーカーは無意識に以下の順番に形容詞を
並べます。覚え方は頭文字をとって、OSACNM(おさけのむ)です。

・Opinion:意見や感想 【例】beautiful, clean, nice, correctなど
・Size:サイズ、量 【例】small, long, manyなど
・Age:年 【例】new oldなど
・Color:色 【例】white, black, blueなど
・Nationality:国籍 【例】Japanese, Indian, Canadianなど
・Material:材質 【例】wooden, plastic, cottonなど

基本的に(1)~(6)の順番通りに形容詞を並べるので、
上のセーターの例で言うと
【例文】
She gave me a nice small new pink Canadian cotton sweater.
が自然で正しいとされます。


(2)接頭語co-

接頭語co-の意味は「共に、全く」というのはみなさんも良くご存知
かもしれません。しかしながら、接頭語col-とcom-とcon-とcor‐も
co-と同じ意味の接頭語だということをご存知でしたでしょうか。
同じ意味の接頭語なのにどうして5つもバリエーションがあるのと
いえば、それは幹となる単語の頭文字によって違ってくるためです。

co-【母音及びh,g,nの前に使う】coincide, cooperate, cohabit, cognateなど
col-【lの前に使う】collaborate, colleagueなど
com-【b,p,mの前に使う】combine, compare, commemorateなど
con-【c,d,g,j,n,g,s,t,v(時にf)】の前に使うcondominium, conjunction, connect, convertなど
cor-【rの前に使う】correlate


(3)“White Lover”は和製英語で、ネイティブのイメージとは異なる?

“White Lover”――何の英訳だかわかるでしょうか。
答えは、北海道旅行や出張の菓子のお土産の定番として人気の高い
「白い恋人」の和製英語名です。日本人的には悪くないイメージ
ですが、同書の著者によると首をかしげたくなる和製英語なのだと
言います。Whiteには「正直な」というようなポジティブなイメージも
ありますが、「白人専用の」「恐怖で青ざめた」「害のない」など、
「恋人」の形容詞としてはいかがなものか的な意味も多いということ
です。「害のない」という意味で使う例として“white lie”は
「たわいない嘘」の意味で良く使われます。

それでは「白い恋人」の適切な英語は何がいいでしょうか。同書の
著者なら“Snow Lover”が良いと言います。ちなみに、white loverで
google検索すると、上記の「白い恋人」のほか、日本の曲名が上位に
ヒットし、いろいろなところで使われていることがわかります。

(4)twilightはどうして「黄昏(たそがれ)」か?

接頭語“twi-”は「2つ、2倍」と意味する接頭語です。twilightは
黄昏のことですが、どうして「2つの光(two lights)なのでしょうか。
「日没の太陽の光と月の光?」などとメルマガ筆者は勝手に解釈して
いましたが、そのような意味ではなく同書によると次のような意味だ
ということです。

英国の首都ロンドンを想像してみましょう。霧がかかった夕暮れ時、
ロンドンブリッジにガス燈が灯ります。あたりがぼーっと霞む中、
一本のガス燈が2本ににじみ、ダブって見えます。つまりlightが
二重に見えます。そんなときをtwilightと言います。なんだかとても
ロマンチックですね。

いかがでしたでしょうか。
ついでながら、日本語の「たそがれ」とはどういう意味なのでしょうか。
日本の平安朝時代、京の都、朱雀大路を牛車が行きます。牛車の中には
紫式部が座しています。あたりは段々と夕暮れてきます。そこへ、
前方から凛々しげな若者が。と牛車の暖簾がそっと上がり、「誰そ
彼(たそがれ)?」。もしや源氏の君さまでは?――ということで、
「たそがれ」の意味は“Who is he?”なのだそうです。まだ薄暗い
明け方のことは「彼は誰(かはたれ)」と言います。もしかすると、
他の国ではまた違った表現をするのかもしれませんね。みなさんは
どんな英語にまつわる雑学をご存知ですか?


◆ソース◆
================================
『英語の寄り道こぼれ道』(柏艪舎)
https://www.amazon.co.jp/dp/4434248294
pp.15,34-35,55-56,77,92-94
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【Vol.336】米国映画タイトルの原題と邦題に見る“感性”の違い

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今号のメルマガは、外国映画の日本題名についてです。外国映画の
タイトルは原題と邦題が異なるのが一般的です。なぜなのか?と、
感じたことのある読者の方もいるかもしれません。原題のままでは
「日本人には伝わりにくいから?」と思った方、その理由を書籍
『「視点」の違いから見る日英語の表現と文化の比較』(開拓社)から
紹介します。原題も邦題も興行的な成功を目的としてタイトルを
つけるため、ビジネス上の違いのヒントにもなりそうです。

同書によると、英語の原題には、全体の雰囲気よりは、焦点として
捉えた事態・事物を分析的に捉えた表現が用いられる傾向があります。
同書ではこれを「分析的把握」と呼んでいます。それに対して、
邦題は、映画全体の雰囲気・ムードを表す感覚的にインパクトのある
表現が用いられる傾向があると言います。同書ではこれを「体験的
把握」と呼んでいます。

把握対象を英語は「分析的に」、日本語は「体験的に」捉えようと
します。この違いは、言語、文化から、人間関係にまで及ぶと同書は
言います。

このことを念頭に置いて、具体的に外国映画のタイトルを比較して
みましょう。なお、同書で取り上げている外国映画にはかなり昔の
年代のものがありますが、これは、同書の著者の「懐古趣味の表れ
のためではなく、古い年代のものには、日米の違いがより表れている
ものが多いから」だと言うことです。

◆タイトルを全面的に変更している例

原題:「In the Heat of the night」
直訳:「夜の熱気の中で」
邦題:「夜の大捜査線」(1967年)

原題:「The Thomas Crown Affair」
直訳:「トマス・クラウンの情事」
邦題:「華麗なる賭け」(1968年)

原題:「Two Mules for Sister Sara」
直訳:「シスター・サラのための2頭のラバ」
邦題:「真昼の決闘」(1970年)

原題:「Silver Streak」
直訳:「シルバー ストリーク」
邦題:「大陸横断超特急」(1972年)

原題:「Body Heat」
直訳:「体熱」
邦題:「白いドレスの女」(1981年)

原題:「The Horse Whisperer」
直訳:「馬にささやく者」
邦題:「モンタナの風に抱かれて」(1998年)

原題:「Basic」
直訳:「基本」
邦題:「閉ざされた森」(2003年)

原題:「Lions for Lambs」
直訳:「子羊のためのライオン」
邦題:「大いなる陰謀」(2007年)

直訳のタイトルでは、何についての映画なのか、皆目見当がつきません。
もしくは、映画の内容について誤解してしまうようなタイトルです。
例えば、もし「シスター・サラのための2頭のラバ」という映画タイ
トルがあるとすれば、日本人は、“尼僧サラと彼女が飼っている2頭の
ラバについての映画”だと思ってしまいます。実際は西部劇なのですが、
西部劇を想起することは映画のタイトルだけからでは困難です。

日本人からすると、原題を理解するのは困難なのですが、上記のような
原題が可能となるのは、あくまで映画の一部のモノだけを分析的に
取り出し、それに焦点を当てることにより事態を把握するからです。
それに対して邦題はあくまで映画全体を射程に入れるということであり、
映画全体の「場」を「体験する」ためのタイトルが付けられるという
ことになります。

「体熱」、「馬にささやく者」、「基本」といった直訳表現は、映画
全体の知覚感覚体験を何ら表し得ません。

また、日米の映画タイトルの違いの特徴として、原題には「シェーン」
や「ダーティハリー」のような映画の主人公名をそのままタイトルに
したものが多いと言います。そもそも主人公名のタイトルは、映画
全体の内容とは必然的なつながりは全くありません。可能性としては
「シェーン」と「ハリー」が入れ替わってもいいわけです。つまり、
主人公名そのものは体験的には把握されにくく、邦題のタイトルとして
はそのまま用いられることは少なくなります。(もちろん、「シェーン」
や「ダーティハリー」のように、邦題でもそのまま用いられる例も
ありますが、これは例外的だそうです)。

邦題においては「モンタナの風に抱かれて」のような土地名がタイトル
に付けられている例が多いと言います。なぜ、地名が邦題に好まれる
のかという理由ですが、これは、主人公名の場合とは全く逆のことが
成り立ちます。つまり、人名は、感覚的・体験的には把握できるイメ
ージを醸し出しにくいのに対し、地名にはその土地固有のイメージや
雰囲気があるため、感覚的・体験的に把握されやすいということです。

◆タイトルを一部変更している例

原題:「Gunfight at the O.K. Corral」
直訳;「OK柵囲いの決闘」
邦題:「OK牧場の決闘」(1957年)
――の違いを考えてみましょう。
この例では、原題にあるcorralが、邦題では「牧場」に変わってい
ます。corralとは「(牛・馬などを一時的に入れる)柵囲い」の意味
です。原題を直訳した映画タイトルは「OK柵囲いの決闘」となります
が、インパクトのある感覚的な表現を重んじる邦題としては全く
もってあり得ないタイトルでしょう。

なぜかというと、「牧場」は「雰囲気・ムード」を醸し出す表現で、
感覚体験的に把握しやすいのに対して、「柵囲い」が何ら雰囲気の
あるイメージを醸し出さず、感覚的に把握するのが難しいためです。

いかがでしたでしょうか。
昔、「マディソン郡の橋(1995年)」という映画がヒットした際、
映画の舞台になった場所を“聖地巡礼”するツアーが日本でブームに
なったことがあります。また、「千と千尋の神隠し(2001年)」に出て
くる街並みのモデルとなったとされる、台湾に実在する街や、「ロード
・オブ・ザ・リング(2002年)」のホビット村のロケ地となったニュー
ジーランドなどは、今でも根強い観光コースにもなっています。
日本人は確かに「体験的把握」が好きなのかもしれませんね。
みなさんは、原題・邦題の違う映画のタイトルを、いくつ思い出せ
ますか?

◆ソース◆
============================================
『「視点」の違いから見る日英語の表現と文化の比較』(開拓社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4758925755/
pp.116-136
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