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今号のメルマガは、外国映画の日本題名についてです。外国映画の
タイトルは原題と邦題が異なるのが一般的です。なぜなのか?と、
感じたことのある読者の方もいるかもしれません。原題のままでは
「日本人には伝わりにくいから?」と思った方、その理由を書籍
『「視点」の違いから見る日英語の表現と文化の比較』(開拓社)から
紹介します。原題も邦題も興行的な成功を目的としてタイトルを
つけるため、ビジネス上の違いのヒントにもなりそうです。

同書によると、英語の原題には、全体の雰囲気よりは、焦点として
捉えた事態・事物を分析的に捉えた表現が用いられる傾向があります。
同書ではこれを「分析的把握」と呼んでいます。それに対して、
邦題は、映画全体の雰囲気・ムードを表す感覚的にインパクトのある
表現が用いられる傾向があると言います。同書ではこれを「体験的
把握」と呼んでいます。

把握対象を英語は「分析的に」、日本語は「体験的に」捉えようと
します。この違いは、言語、文化から、人間関係にまで及ぶと同書は
言います。

このことを念頭に置いて、具体的に外国映画のタイトルを比較して
みましょう。なお、同書で取り上げている外国映画にはかなり昔の
年代のものがありますが、これは、同書の著者の「懐古趣味の表れ
のためではなく、古い年代のものには、日米の違いがより表れている
ものが多いから」だと言うことです。

◆タイトルを全面的に変更している例

原題:「In the Heat of the night」
直訳:「夜の熱気の中で」
邦題:「夜の大捜査線」(1967年)

原題:「The Thomas Crown Affair」
直訳:「トマス・クラウンの情事」
邦題:「華麗なる賭け」(1968年)

原題:「Two Mules for Sister Sara」
直訳:「シスター・サラのための2頭のラバ」
邦題:「真昼の決闘」(1970年)

原題:「Silver Streak」
直訳:「シルバー ストリーク」
邦題:「大陸横断超特急」(1972年)

原題:「Body Heat」
直訳:「体熱」
邦題:「白いドレスの女」(1981年)

原題:「The Horse Whisperer」
直訳:「馬にささやく者」
邦題:「モンタナの風に抱かれて」(1998年)

原題:「Basic」
直訳:「基本」
邦題:「閉ざされた森」(2003年)

原題:「Lions for Lambs」
直訳:「子羊のためのライオン」
邦題:「大いなる陰謀」(2007年)

直訳のタイトルでは、何についての映画なのか、皆目見当がつきません。
もしくは、映画の内容について誤解してしまうようなタイトルです。
例えば、もし「シスター・サラのための2頭のラバ」という映画タイ
トルがあるとすれば、日本人は、“尼僧サラと彼女が飼っている2頭の
ラバについての映画”だと思ってしまいます。実際は西部劇なのですが、
西部劇を想起することは映画のタイトルだけからでは困難です。

日本人からすると、原題を理解するのは困難なのですが、上記のような
原題が可能となるのは、あくまで映画の一部のモノだけを分析的に
取り出し、それに焦点を当てることにより事態を把握するからです。
それに対して邦題はあくまで映画全体を射程に入れるということであり、
映画全体の「場」を「体験する」ためのタイトルが付けられるという
ことになります。

「体熱」、「馬にささやく者」、「基本」といった直訳表現は、映画
全体の知覚感覚体験を何ら表し得ません。

また、日米の映画タイトルの違いの特徴として、原題には「シェーン」
や「ダーティハリー」のような映画の主人公名をそのままタイトルに
したものが多いと言います。そもそも主人公名のタイトルは、映画
全体の内容とは必然的なつながりは全くありません。可能性としては
「シェーン」と「ハリー」が入れ替わってもいいわけです。つまり、
主人公名そのものは体験的には把握されにくく、邦題のタイトルとして
はそのまま用いられることは少なくなります。(もちろん、「シェーン」
や「ダーティハリー」のように、邦題でもそのまま用いられる例も
ありますが、これは例外的だそうです)。

邦題においては「モンタナの風に抱かれて」のような土地名がタイトル
に付けられている例が多いと言います。なぜ、地名が邦題に好まれる
のかという理由ですが、これは、主人公名の場合とは全く逆のことが
成り立ちます。つまり、人名は、感覚的・体験的には把握できるイメ
ージを醸し出しにくいのに対し、地名にはその土地固有のイメージや
雰囲気があるため、感覚的・体験的に把握されやすいということです。

◆タイトルを一部変更している例

原題:「Gunfight at the O.K. Corral」
直訳;「OK柵囲いの決闘」
邦題:「OK牧場の決闘」(1957年)
――の違いを考えてみましょう。
この例では、原題にあるcorralが、邦題では「牧場」に変わってい
ます。corralとは「(牛・馬などを一時的に入れる)柵囲い」の意味
です。原題を直訳した映画タイトルは「OK柵囲いの決闘」となります
が、インパクトのある感覚的な表現を重んじる邦題としては全く
もってあり得ないタイトルでしょう。

なぜかというと、「牧場」は「雰囲気・ムード」を醸し出す表現で、
感覚体験的に把握しやすいのに対して、「柵囲い」が何ら雰囲気の
あるイメージを醸し出さず、感覚的に把握するのが難しいためです。

いかがでしたでしょうか。
昔、「マディソン郡の橋(1995年)」という映画がヒットした際、
映画の舞台になった場所を“聖地巡礼”するツアーが日本でブームに
なったことがあります。また、「千と千尋の神隠し(2001年)」に出て
くる街並みのモデルとなったとされる、台湾に実在する街や、「ロード
・オブ・ザ・リング(2002年)」のホビット村のロケ地となったニュー
ジーランドなどは、今でも根強い観光コースにもなっています。
日本人は確かに「体験的把握」が好きなのかもしれませんね。
みなさんは、原題・邦題の違う映画のタイトルを、いくつ思い出せ
ますか?

◆ソース◆
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『「視点」の違いから見る日英語の表現と文化の比較』(開拓社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4758925755/
pp.116-136
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