メルマガバックナンバーのコラムは、大前研一が自らが執筆・発行しているものではなく、

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今号のメルマガは、西洋人と東洋人のものの見方・考え方が文化に
よっていかに違うのかといいう話です。書籍『木を見る西洋人 
森を見る東洋人 思考の違いはいかにして生まれるか』(ダイヤモンド社)
から紹介します。

同著によると、違いが分かりやすい例として、同じ殺人事件を報じた
新聞記事が、西洋と東洋で以下のように大きな違いが見られるのだと
言います。米国と中国の例です。

1991年、アイオワ大学で物理学を専攻する中国人学生、ガン・ルーが、
ある賞の選考レースに敗れました。彼はその決定に抗議しましたが、
通らず、その後就職にも失敗してしまいました。同年10月、彼は同大学の
物理学の研究棟に出向き、彼の抗議を処理した指導教官、仲間の学生や
居合わせた人々数名を射殺した後に、自らも命を絶ちました。

この事件を報じた大学新聞があり、もっぱらガン・ルーという個人の
特性と目される事柄に焦点を当てていることに、あるミシガン大学
大学院の大学院生が気づきました。同新聞では例えば、

・性格上の欠点(「大変な癇癪持ち」「危険な性格」)
・考え方 (「不満のもとを取り除くには銃が必要な手段だと信じていた」)
・精神面の問題(「成功の破壊の衝動に駆り立てられた、陰湿な精神
障害を持つ人間」「挑戦されることに伴う心理的問題」)
――に関する記述が目立っていたということです。

同大学院生は仲間の学生に、「中国語の新聞ではこの殺人事件がどう
報じられているのか」を尋ねました。両紙の報道は「これ以上ない」
というくらいに異なっていました。中国語の新聞は、ルーの周囲の
状況に関する原因を強調していました。具体的に説明の焦点は、

・ルーの人間関係(「指導教官とうまくいっていなかった」「殺された
学生とはライバル関係にあった」「中国人コミュニティで孤立していた」)
・中国人社会におけるプレッシャー(「中国の英才教育方針の犠牲者」)
・米国の環境(「米国では銃所持が可能である」)
――などに向けられていました。

では、クオリティー・ペーパーと言われる新聞ではどうなのでしょうか。
ガン・ルーの事件を報じた「ニューヨーク・タイムズ」紙と中国語紙の
「世界日報」の記事について体系的な内容分析を行いました。この
客観的な手続きの結果は、大学新聞を読んだ第一印象が正しいことを
示していたと言います。

しかしながら、ここで注目したいのは、ガン・ルーの事件は加害者が
“中国人”だったということです。米国紙が加害者を非難したのは
加害者がたまたま中国人だったからであり、中国語紙が状況に原因を
求めたのは自国の民をかばうためだったのではないか?という疑念が
生じるところですが、折も折、非常によく似た別の大量殺人事件が
発生し、今度は犯人が“米国人”だったため、ここで改めて、新聞
記事の違いが愛国主義によるものか、世界観の違いによるものかが
明らかになったと同書では言います。

ガン・ルーによる事件が起きたのと同じ年、ミシガン州の米国人郵便
配達人、トマス・マクルーヴェーンが郵便局を解雇されました。彼は
その決定に対する抗議を労働組合に申し入れましたが通らず、その後、
正社員としての再就職にも失敗してしまいました。同年11月、彼は
以前働いていた郵便局に出向き、抗議を処理した上司、同僚や
居合わせた人々数名を射殺した後に、自らも命を絶ちました。

再度、マクルヴェーンの事件を報じた「ニューヨーク・タイムズ」と
「世界日報」の内容を分析しました。その結果、中国人ガン・ルーの
ときとまったく同じ傾向が再度見い出されたと言います。

「ニューヨーク・タイムズ」は、
・マクルヴェーンの過去の行動から推測される考え方や特性(「暴力
による脅しを繰り返していた」「すぐカッとなる傾向があった」
「格闘技をこよなく愛していた」「情緒不安定だった」)
――など、個人的な属性に焦点を当てていました。

これに対して「世界日報」は、
・マクルヴェーンに影響を与えた状況要因(「加害者は最近解雇されて
いた」「郵便局の上司とは仲が悪かった」「テキサスで最近起きた事件
に感化されていた」)
――という内容を強調していました。

さらに、「もし状況が違っていたら、この殺人事件は起きていたと
思うか?」というヒアリングを大学生に対して行っています。米国人と
中国人の反応は大きく異なっていたと言います。米国人は、長年に
わたって形成された犯人の荒々しい気性こそが事件の鍵だと信じる
傾向が強いため、状況が変わっても、やはり事件は起きただろうと
答える傾向があると言います。

いかがでしたでしょうか。
折しも、米中がお互いの輸入品の関税率を引き上げる応酬を繰り広げる
貿易戦争を始めています。米国は、関税率という木だけを見ています。
中国も同じ関税率の引き上げで対抗していますが、木だけではなく
中国が森を見ているとすると、関税率の引き上げだけでない対抗手段
も検討するのでしょうか。

「木を見る西洋人 森を見る東洋人」の例として、みなさんは、
どのようなエピソードを思いつきますか。あるいはどのような反例を
思いつきますか。


◆ソース◆
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『木を見る西洋人 森を見る東洋人 思考の違いはいかにして生まれるか』
(ダイヤモンド社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4478910189/
pp.129-132
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