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今号のコラムは、外国人への“親切”がなぜ“余計なお世話”になるのか?――という話です。書籍『ピンときた!納得の異文化間英語コミュニケーション』(開拓社)から紹介します。

言葉の意味することが正にその表現通りかそれに近いのが英語圏、特に北米の英語であるのに対して、言葉の表面上の意味にいろいろな深い意味が暗黙の了解で隠れていて、それを理解することを当然のように期待されるのが日本語です。同書では、米国人の同僚への“親切”が“余計なお世話”になってしまった具体的な事例が、著者の経験から述べられています。今回は、その中から日常的に起きている例を紹介します。

Benはある国際企業の日本支社に最近配属された米国人社員です。Benは、次の2つの場面で日本人の同僚の直樹と有美が自分の予想外の行動をとることを体験します。

(1)支社パーティでBenと直樹が談話しているときの会話

Ben:直樹、どこでスプーンを1個調達できるか知っている?給仕係が近くにいないんだ。
直樹:いいよ
(直樹がさっとその場を離れる)
(3分後直樹が戻る)
Ben:どこに行っていたの?
直樹:はい。新しいスプーンをどうぞ。
Ben:ありがとう(心の中で「でも欲しかったのは、テーブルスプーンではなくてデザート用スプーンで、そもそも、「持ってきてくれ」とは頼んでいないのに)

(2)フィスでBenが付箋紙を切らしてしまったときの会話

Ben:有美、付箋紙はどこで入手できるか知ってる?
有美:はい。すぐに戻りますね
(有美が戻る)
有美:付箋紙をどうぞ
Ben:どうもありがとう。ところで、幅広で緑色の付箋紙が欲しいのだけれど、取ってきてくれる?
有美:(心の中で、「それならそうと早く言って」)

Benの言葉の意味合いを同僚の直樹と有美が正確に把握できずにコミュニケーションが噛み合っていません。どうして誤解が生じているのでしょうか。

上記の二つの事例は、相手の言った一つのことを、日本語式にその奥の含蓄まで一方的に解釈して対応し、コミュニケ―ションが噛み合わなくなる例です。気を利かせて動いたつもりが、相手の望んでいない余計なことをしてしまっています。Benが知りたいのは、(1)支社パーティの席で単純にどこに行けば新しいスプーンが手に入るかということです。(2)オフィスの備品である付箋紙を保管してある場所です。

事例では、Benは明確に自分の聞きたいことを表現しているので、その言葉をもとに過度に気を使って意図していない含蓄を想像する必要はありません。

事例にあげたケースでは、直樹も有美も行動に移すならば、その前に簡単な確認が必要です。応答の場合は、YesかNoだけです。親切心で何か行動に移したい場合は、「取って来ましょうか?」と確認が必要です。

いかがでしたでしょうか。
場を察し、先回りして動くことが美徳であったり、ある意味そのような教育を受けてきた日本人にとっては、なかなか「~しましょうか?」と一言入れることが恩着せがましいような気がして心理的に憚れる場合もありますね。
では、最後に同書からもう1ケース。職場の新任の外国人上司から「この書類はどこでシュレッダーにかけることができますか」とみなさんが尋ねられたとします。この時、みなさんなら、どのように返答・行動しますか?

◆ソース◆
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『ピンときた!納得の異文化間英語コミュニケーション』(開拓社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4758913072
pp.68-75
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【記事提供元】実践ビジネス英語講座-PEGL[ペグル]-
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