■ 英語学習に役立つコラム

【Vol.336】米国映画タイトルの原題と邦題に見る“感性”の違い

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今号のメルマガは、外国映画の日本題名についてです。外国映画の
タイトルは原題と邦題が異なるのが一般的です。なぜなのか?と、
感じたことのある読者の方もいるかもしれません。原題のままでは
「日本人には伝わりにくいから?」と思った方、その理由を書籍
『「視点」の違いから見る日英語の表現と文化の比較』(開拓社)から
紹介します。原題も邦題も興行的な成功を目的としてタイトルを
つけるため、ビジネス上の違いのヒントにもなりそうです。

同書によると、英語の原題には、全体の雰囲気よりは、焦点として
捉えた事態・事物を分析的に捉えた表現が用いられる傾向があります。
同書ではこれを「分析的把握」と呼んでいます。それに対して、
邦題は、映画全体の雰囲気・ムードを表す感覚的にインパクトのある
表現が用いられる傾向があると言います。同書ではこれを「体験的
把握」と呼んでいます。

把握対象を英語は「分析的に」、日本語は「体験的に」捉えようと
します。この違いは、言語、文化から、人間関係にまで及ぶと同書は
言います。

このことを念頭に置いて、具体的に外国映画のタイトルを比較して
みましょう。なお、同書で取り上げている外国映画にはかなり昔の
年代のものがありますが、これは、同書の著者の「懐古趣味の表れ
のためではなく、古い年代のものには、日米の違いがより表れている
ものが多いから」だと言うことです。

◆タイトルを全面的に変更している例

原題:「In the Heat of the night」
直訳:「夜の熱気の中で」
邦題:「夜の大捜査線」(1967年)

原題:「The Thomas Crown Affair」
直訳:「トマス・クラウンの情事」
邦題:「華麗なる賭け」(1968年)

原題:「Two Mules for Sister Sara」
直訳:「シスター・サラのための2頭のラバ」
邦題:「真昼の決闘」(1970年)

原題:「Silver Streak」
直訳:「シルバー ストリーク」
邦題:「大陸横断超特急」(1972年)

原題:「Body Heat」
直訳:「体熱」
邦題:「白いドレスの女」(1981年)

原題:「The Horse Whisperer」
直訳:「馬にささやく者」
邦題:「モンタナの風に抱かれて」(1998年)

原題:「Basic」
直訳:「基本」
邦題:「閉ざされた森」(2003年)

原題:「Lions for Lambs」
直訳:「子羊のためのライオン」
邦題:「大いなる陰謀」(2007年)

直訳のタイトルでは、何についての映画なのか、皆目見当がつきません。
もしくは、映画の内容について誤解してしまうようなタイトルです。
例えば、もし「シスター・サラのための2頭のラバ」という映画タイ
トルがあるとすれば、日本人は、“尼僧サラと彼女が飼っている2頭の
ラバについての映画”だと思ってしまいます。実際は西部劇なのですが、
西部劇を想起することは映画のタイトルだけからでは困難です。

日本人からすると、原題を理解するのは困難なのですが、上記のような
原題が可能となるのは、あくまで映画の一部のモノだけを分析的に
取り出し、それに焦点を当てることにより事態を把握するからです。
それに対して邦題はあくまで映画全体を射程に入れるということであり、
映画全体の「場」を「体験する」ためのタイトルが付けられるという
ことになります。

「体熱」、「馬にささやく者」、「基本」といった直訳表現は、映画
全体の知覚感覚体験を何ら表し得ません。

また、日米の映画タイトルの違いの特徴として、原題には「シェーン」
や「ダーティハリー」のような映画の主人公名をそのままタイトルに
したものが多いと言います。そもそも主人公名のタイトルは、映画
全体の内容とは必然的なつながりは全くありません。可能性としては
「シェーン」と「ハリー」が入れ替わってもいいわけです。つまり、
主人公名そのものは体験的には把握されにくく、邦題のタイトルとして
はそのまま用いられることは少なくなります。(もちろん、「シェーン」
や「ダーティハリー」のように、邦題でもそのまま用いられる例も
ありますが、これは例外的だそうです)。

邦題においては「モンタナの風に抱かれて」のような土地名がタイトル
に付けられている例が多いと言います。なぜ、地名が邦題に好まれる
のかという理由ですが、これは、主人公名の場合とは全く逆のことが
成り立ちます。つまり、人名は、感覚的・体験的には把握できるイメ
ージを醸し出しにくいのに対し、地名にはその土地固有のイメージや
雰囲気があるため、感覚的・体験的に把握されやすいということです。

◆タイトルを一部変更している例

原題:「Gunfight at the O.K. Corral」
直訳;「OK柵囲いの決闘」
邦題:「OK牧場の決闘」(1957年)
――の違いを考えてみましょう。
この例では、原題にあるcorralが、邦題では「牧場」に変わってい
ます。corralとは「(牛・馬などを一時的に入れる)柵囲い」の意味
です。原題を直訳した映画タイトルは「OK柵囲いの決闘」となります
が、インパクトのある感覚的な表現を重んじる邦題としては全く
もってあり得ないタイトルでしょう。

なぜかというと、「牧場」は「雰囲気・ムード」を醸し出す表現で、
感覚体験的に把握しやすいのに対して、「柵囲い」が何ら雰囲気の
あるイメージを醸し出さず、感覚的に把握するのが難しいためです。

いかがでしたでしょうか。
昔、「マディソン郡の橋(1995年)」という映画がヒットした際、
映画の舞台になった場所を“聖地巡礼”するツアーが日本でブームに
なったことがあります。また、「千と千尋の神隠し(2001年)」に出て
くる街並みのモデルとなったとされる、台湾に実在する街や、「ロード
・オブ・ザ・リング(2002年)」のホビット村のロケ地となったニュー
ジーランドなどは、今でも根強い観光コースにもなっています。
日本人は確かに「体験的把握」が好きなのかもしれませんね。
みなさんは、原題・邦題の違う映画のタイトルを、いくつ思い出せ
ますか?

◆ソース◆
============================================
『「視点」の違いから見る日英語の表現と文化の比較』(開拓社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4758925755/
pp.116-136
=================================

【Vol.335】外国人社員と“関係性を深めるための武器”とは?

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今号のメルマガは、世界に出て通用する独自の専門性や得意分野を
持っているかという話です。書籍『外国人と働いて結果を出す人の
条件/山本 紳也(著)』(幻冬舎)から紹介します。

仕事上の専門性を持っていなければならないのは当然のことですが、
ここでは、ビジネスとは直接関係しない趣味的な事柄を、「独自の
専門性や得意分野につなげることができる」という話を同書の中
から紹介しましょう。

(事例1)日本文化の中に専門や得意分野をつくる

同書の著者がフランス人ソフトウエアエンジニアたちと仕事した
ときの体験です。著者が本格的に海外で仕事をするようになった
30年前は、日本のアニメやアイドルについて詳しい人たちが
「おたく」と呼ばれるようになった時期ですが、日本のアニメや
アイドルを堂々と趣味にするということ自体はまだマイナーな時代
でした。

しかし、海外でアニメやアイドルに詳しい人たちは「日本人なら
アニメやアイドルについて自分たちより知っているだろう」と
考えて、著者が日本人だと知るや否や、バーチャルアイドルや
アニメの名前を出して質問攻めにしたということです。

今になって振り返れば、この時、「秋葉原の文化について詳しい」
「アニメ史についてなら夜通し語ることができる」という強みを
持っていたら、一躍尊敬の対象になっていただろうと著者は言い
ます。残念ながら著者は彼らの疑問には答えることができなかった
ということですが、特殊な得意分野でも、それが切り口になって
新しい交流を始めることができるのだという一例です。

アニメやアイドルに限らず、日本の文化である相撲や茶道、盆栽
などでも同じです。禅も、自分を高める方法として、海外で興味を
持っている人はたくさんいるのだと言います。少しでも触れた経験
を話せたら、会話のきっかけになるでしょう。

たとえ、自分の知識量が国内の日本人同士の環境では評価を受けて
いないとしても、海外の異なる環境でも同じように評価を受けない
とは限りません。積んだ経験の中で、何が功を奏するか、実際に
海外に出て人と会ってみなければ本当にわからないものです。

小さなことでも構いません。自分なりの得意分野や強みは、世界で
働く人たちの懐の中に入り込むツールに変えることができます。

(事例2)見知らぬ場に飛び込んで人間関係を築ける

専門性というと大げさに聞こえてしまいますが、見知らぬ場に飛び
込んで人間関係を築くという行動ができるというのも得意技、強み
です。特に日本人の場合はそこまで積極的に関わろうとする人が
少ないぶん、「珍しいタイプの日本人」として受け入れてもらえる
可能性が高いと著者は言います。

ある商社に勤めていた人は、海外赴任が決まり、初めての地で新しい
人間関係を築くことになりました。そのとき彼が武器にしたのは
「見知らぬ場へ飛び込もうとする好奇心」です。

海外拠点でありがちなのは、日本人同士で固まって、毎日日本人と
日本語を話す環境に漬かってしまうことです。これでは現地の人たち
と馴染むことも、現地を知ることもできません。そこで彼が考えたの
は、食事の時間にローカルの社員と仲よくなることでした。

彼一人で「仲間に入れてくれないか」とローカルの社員たちの輪の中に
飛び込み、「今夜は奢るからいい店を紹介して欲しい」と頼んだのです。
それも、日本人が好むようなよそ行きの店ではなく、ローカルの社員
たちがよく行く、現地で評判の安くて美味しい店にして欲しいと伝え
ました。最初は新しく赴任してきた彼に遠慮があったローカルの社員
たちも、「一緒に食事に行ってくれるのか」と親近感を持ち、食事の
場はとても盛り上がったと言います。

しばらくの間一緒に飲み食いが続くと、互いの人柄が出ます。
フランクな場で率直な意見を聞けたおかげで、彼はローカルの社員の
本音や目線を理解できました。日本の本社と現地をつなぐ役割を担って、
両方にバランス良く采配を触れるようになり、業務成績を伸ばすことが
できたといいます。

いかがでしたでしょうか。
外国人が日本に興味を持っていると分かったとき、英語が出来る
出来ないにかかわらず、自分が不勉強な故にその話題で盛り上がれ
ないことは悔しく(恥ずかしく)、自分で自分にがっかりすることが
あります。

だいぶ昔のことですが、メルマガ筆者が学生時代に海外へ行って
「実技をできればなあ」、実技が出来ないまでも「語れればなあ」と
悔やまれたのは柔道です。「柔道ができるか?」と外国人に話しかけ
られたことが何度かあります。

つい仕事での英語を使うとなると、語学面ばかりを鍛えようとして
しまいますが、実はそれ以外に現場で役立つスキルというものは多分に
あるのだと思い知らされます。みなさんは、海外に行った時に溶け込む
ための武器としてどのような専門性や得意分野を持っていますか。
あるいは、外国人と話をしたときに、自分が専門性や得意分野を
「持っていればなあ」と思った経験はありますか。


◆ソース◆
=================================
『外国人と働いて結果を出す人の条件』(幻冬舎)
https://www.amazon.co.jp/dp/4344913868/
pp.36-39
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【Vol.334】“rice”と“lice”は本当に勘違いされるのか?

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今号のメルマガは、日本人が苦手とする「R」と「L」の発音を
間違えた時、外国人に正しく伝わっているのかという話です。
『グローバル・コミュニケーション学入門』(三省堂)から紹介します。

◆“rice”と“lice”を勘違いされることは実際に起こりうるのか?

例えば、「R」と「L」の発音の違いをマスターしないと、以下の
ような勘違いをされるのだとまことしやかに言われます。

We eat rice in Japan.

と言ったときに

We eat lice in Japan.
(日本人はシラミを食べる)

というような勘違いが本当に起こるのか、被験者と使って調べて
みた実験の結果を同書は紹介しています。

実験では合成音声ソフトで読み上げた英文を(A)英米人など英語が
母国語話者(ENL=English as a Native Language)52人、
(B)インド人、シンガポール人、フィリピン人など英語が公用語話者
(ESL=English as a Second Language)63人、(C)中国人、韓国人
など日本人在住の英語が外国語話者(EFL=English as a Foreign 
Language)56人の3グループに聞いてもらい、「話し手は何と言ったと
思いますか?」という質問をしました。下の表の右の数字は、
(A)~(C)各グループ何%の人が単語通りに回答したかを集計した
結果です。

[表]“rice”と“lice”を聞き取った人の割合(%)
(1)I don't want any rice.
(A)EN:98(B)ESL:98(C)EFL:82
(2)I don't want any lice.
(A)EN:75(B)ESL:78(C)EFL:54
(3)These chopsticks are for eating rice.
(A)EN:100(B)ESL:97(C)EFL:80
(4)This powder is for killing lice.
(A)EN:100(B)ESL:95(C)EFL:75
(5)This powder is for killing rice.
(A)EN:50(B)ESL:62(C)EFL:55
(6)These chopsticks are for eating lice.
(A)EN:52(B)ESL:62(C)EFL:25

「『日本人はシラミを食べる』と思われるのか?」という質問に
対する答えの目安になるのは、(5)と(6)の正答率です。
聞こえた通り「ご飯を殺す粉」「シラミを食べるお箸」と解釈した
のは、ENL話者の52%、ESL話者の62%でした。逆に、これらの問題で
「不正解」となった人たちは、聞こえてきた音の情報ではなく、
文脈情報を参考にして「お箸で食べるのなら(liceではなく)riceだろう」
「粉で殺すなら(riceではなく)liceだろう」と解釈したことになります。

つまり、「R」と「L」を発音するのが苦手な人が仮に「R」と
「L」の発音を言い間違えても、ENLやESLの半数ほどの聞き手は、
文のつながりと関連づけて理解しようとしてくれるということです。

「英語の発音が悪いから話せない」と尻込みするよりは、とにかく
声に出して相手に伝える努力をしようというのが同書の主張です。

◆発音に自信がない場合は、文脈を補って誤解される可能性を減らす工夫を

さらに同書がもう一つ指摘しているのは、話者の発音の良し悪しも
さることながら、単語に対する「親密度」によっても伝わりやすさ
が異なるということです。「親密度」とは、その単語に聞き手が
どのくらい馴染みがあるかということです。

話者と聞き手の持つ文化的背景が異なるグローバル・コミュニケー
ションの場面では、自分が日常的に使っている単語であっても、
相手にとっては親密度が低い単語である可能性もあります。
スムーズなコミュニケーションを妨げる要員は、実は話者の発音の
良し悪しではなく、話者と聞き手の間で特定の単語やフレーズに対する
親密度が異なることが要因になっている可能性も多いにあります。

Riceの場合、単にriceという単語を使うだけでなく、steamed rice
とかfried riceなどのように文脈を補って話をする気遣いをすると、
発音により誤解される可能性を減らせるのだとも同書では説明して
います。

いかがでしたでしょうか。
みなさんは「R」と「L」の発音の区別に自信がありますか。「R」と
「L」の発音で聞き手に勘違いされてしまったことがありますか。
それはどんな単語でしたでしょうか。発音コンプレックスを抱えて
いる方は、ぜひこれを期に様々な角度からの「単語の伝わり方」に
ついて考えてみてはいかがでしょうか。


◆ソース◆
================================
『グローバル・コミュニケーション学入門』(三省堂)
https://www.amazon.co.jp/dp/4385364168
pp.115-117
================================

【Vol.333】「英国らしさ」と「米国らしさ」の違いとは

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今号のメルマガは、英国人のスモールトークの定番と言われる天候
についての話です。書籍『イングリッシュネス』(みすず書房)から
紹介します。同書の副題は「英国人の(隠された)ふるまいのルール」
です。翻訳書なのですが、邦題の「イングリッシュネス」というのは、
英国らしさ、英国文化の特性、英国人の言動の特徴、英国人の国民性
――を包括的に表す言葉として選ばれています。これはなんだか
気になりますね。

◆天候の挨拶で問いかけられたら、何らかの応答をすることが必要

以前には、少なくともある種の社交的な場面では、「ご機嫌いかが
ですか」(How do you do?)という挨拶がありました。しかし、その
質問をオウム返しにHow do you do?と答える挨拶は現在では多くの
人々に古めかしいとみなされ、もはや普遍的標準的挨拶としては
用いられていません。How do you do?は健康状態を本気で尋ねて
いるのではないのですが、天候の話も本気で話題にしているわけ
ではありません。

例えば「いいお天気ですね」「うわー、寒いですね」「まだ降って
いるんですか」などの問いかけは、儀礼的な挨拶であり、会話の
きっかけであり、沈黙の間を埋めるためのものです。

英国人が天候の話をするのは一種の「グルーミング・トーク」
(潤滑油の働きをする会話)で、類人猿に見られる「ソーシャル・
グルーミング」(たとえ、毛が完全に清潔であろうとも、相手との
絆を保つために、お互いに何時間も毛繕いし合う行為)に相当します。

同書によると、調査の結果、天候の話が決して年配の人々の間の古い
習慣というわけではありません。たとえば、18歳~24歳の年齢層から
は、人々が天候の話を頻繁に用いるのは、それが感じよく礼儀正しく
振舞うのに役立つからだという意識が最も顕著に浮かび上がっています。
若い年齢層は、「天候の話が相手の機嫌を探る手がかりになる」と
考えており、その点が、年配の人たちと比べて著しい特徴を示しています。

「いいお天気ですね」「うわー、寒いですね」「まだ降っているん
ですか」というような問いかけは、「お話したいのだけれど、構い
ませんか」とか、ある場合には単に「ハロー」という代わりに英国人
が使う決まり文句です。

天候の話にはルールが存在し、「ほんとうにね」とか、意味のない
儀礼的は返答をすれば良いのです。それは「ええ、私はあなたと
話します」「あなたに挨拶します」に相当する決まり文句です。
そのような応答をしないことは、小さなエチケット違反を犯し、
「いいえ、私はあなたと挨拶を交わすつもりはありません」という
やや無礼なメッセージを送ることになります。

天候についてのコメントが問いかけとして(あるいは疑問文のイント
ネーションで)発せられるのは、それが返答を必要としているからです。
とはいえ内容ではなく、応答すること自体が大事になります。口火を
切るためには天候についてのどのような質問的コメントでも良いし、
どのようなもごもごした賛同(あるいは受けるだけの「そうですね」)
でも返事として通用します。

天候を巡る会話は、成文化されていないけれど、暗黙のうちに了承
されているルールに則って行われる「様式的」なやりとりです。

◆天候の話が登場する場面

天候の話がふさわしい特定の場面が存在します。それは以下のような場面です。

・単なる挨拶として
・他の話題へとつなぐ準備として
・他の話題に関して会話が停滞し、気まずい不快な沈黙が生まれた時、
その場しのぎの、沈黙を埋める、あるいはそれに代わる話題として
・話者が個人的な内輪の話題を避けたがっているというシグナルとして
・不平を漏らす恰好な口実として
・ユーモアやウイットを発揮する機会として
・相手の機嫌を探る方法として
・ストイックな精神を示す機会として

英国人は挨拶としてまず天候の話をし、さらに会話の手始めに天候の
話を続け、それから間を置いてジョークや不満の種として、または
内輪の話を避けるために、時にはストイックな精神を示そうと、天候
の話をします。

◆天候の話には「同意」を表す応答をする

英国の天候は気まぐれで捉えがたいので、常に新たなコメントをし、
驚き、次の天候を推測し、嘆き、あるいはこれが最も重要な点なの
ですが、同意する内容に事欠きません。ここで天候の話に関する
重要なルール「いつも同意すること」というものが存在します。
天候の話では相手が誰であろうと決して反駁してはなりません。
応答では同意することがエチケット上、要求されています。同意を
示さないのは重大なエチケット違反です。

たとえば「うわ~、寒いですね」に対して「いや、結構暖かいですよ」
と答えるのは無作法です。合理的な回答ではなく、社交的な回答を
要求されます。コメントが明らかに間違っている時でさえ、常に同意
しなければなりません。

いかがでしたでしょうか。
実は、同書の原書は“米国人読者”に向けて書かれた書籍です。
(原書名はWatching the English)日本人は「欧米人」という一まとめ
に括りがちで、特に米国は英国の元植民地だったこともあり、親戚
関係のように考えてしまいますが、米国人からみると英国人は
「謎の生き物」だと言うことです。

第二次世界大戦後、日本人が接してきた英語文化はその大部分が
米国の文化なので、英国文化に対する認識が同書を読むと改まります。
みなさんは、米国人と英国人の国民性の違いはどういうところだと
思いますか?


◆ソース◆
================================
『イングリッシュネス』(みすず書房)
https://www.amazon.co.jp/dp/4622086603
pp.39-53
================================

【Vol.332】質問好きの米国人 VS 質問できない日本人

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今号のメルマガは、日米のコミュニケーションスタイルの違いに
ついてです。書籍『SONYとマッキンゼーとDeNAとシリコンバレーで
学んだ グローバル・リーダーの流儀』(ディスカヴァー・トゥエン
ティワン)から紹介します。

同書によると、日本人同士のコミュニケーションと、米国人同士の
それとは、言語でなく、そもそもスタイルが全く違うのだと言います。
同書の著者である森本作也氏の経験上から以下の3つの軸
(1)メッセージが伝わる・伝わらないの責任の所在は話し手か聞き手か?
(2)表現のスタイルは直接か間接か?言語か非言語か?
(3)マインドセットはポジティブ志向かネガティブ志向か?
――で考えると理解しやすいのだと述べています。

それでは早速、それぞれの特徴を順番にみていきましょう。

(1)メッセージが伝わる・伝わらないの責任の所在は話し手か聞き手か?

日本人と米国人で違うのは、スピーチやプレゼンテーションの後の
質疑応答です。日本では「質問は?」と聞いてもなかなか手が挙がり
ません。質問しない理由は「偉い人に直接質問するのは畏れ多い」
「人前で的外れな質問をして『馬鹿な奴』と思われたくない」など
いろいろ考えられますが、日本人にはかなり共通した気質です。

一方、米国では「質問は?」と聞かれると、待ってましたとばかりに
手が挙がります。

両国の気質の違いは幼稚園児から大人まで共通しています。この違いは
どうして生まれるのでしょうか。日本人のほうが理解力が高い?
米国人のほうが人前で恥をかくことを畏れない?同書によるとどちらも
不正解です。同書は「メッセージが伝わる・伝わらないの責任の所在は
話し手か聞き手か?」にあると喝破します。

日本ではメッセージを伝える責任の所在が「聞き手」にあります。
メッセージがきちんと伝わらないのは、聞き手の記憶力や理解力が
低いからとみなされます。メッセージが分かりにくくても、聞き手は
自分の能力の低さが露呈するような質問を避け、自分の頭で行間や
表情を読み、話し手のこれまでの言動までも考慮して真意を理解しよう
と努めます。

米国ではメッセージを伝える責任の所在が「話し手」にあります。
メッセージが伝わらないのは話が下手ということに帰結します。
メッセージが分かりにくい場合は、徹底的に質問し、追及します。

(2)表現のスタイルは直接か間接か?言語か非言語か?

下の図のマトリックスは、ジャパン・インターカルチュラル・コン
サルティング社が行った、日本人と米国人のコミュニケーションの
分析を分かりやすく整理したものです。

        直接的、対立を厭わない
言語コミュニ       ↑      非言語コミュニ
ケーションに依存  ←     →   ケーションに依存  
             ↓
         間接的、対立を回避

横軸は言語コミュニケーションへの依存度です。左にいくほど、
言語コミュニケーションへの依存度が高く、右にいくほど低い、
つまり非言語コミュニケーションへの依存度が高い文化です。
「メッセージを伝える責任の所在」とも関係が深く、言語コミュニ
ケーションに依存する文化では、メッセージを伝える責任の所在は
話し手にあり、非言語コミュニケーションに依存する文化では、
その責任は聞き手にあります。

縦軸はコミュニケーションが直接的か間接的か、という比較です。
上にいくほど、問題を解決するときにオープンで直接的に話すことを
重要視し、下にいくほど、人間関係を重視して意見の対立を避け、
間接的なコミュニケーションを選ぶ文化です。

この2軸で整理すると、日本人の文化は図の右下に位置し、「非言語に
強く依存」し、「わりと間接的」です。文脈や人間関係を考慮し、
さらに多少の比喩を織り交ぜて、あいまいな表現を使ってメッセージを
伝えようとします。日本語では「一を聞いて十を知る」「阿吽の呼吸」
「行間を読む」「空気を読む」などの表現にあるように、明確な言葉に
なっていないメッセージも重要です。

米国人は図の左上に位置し「聴者に推測の余地を与えない」程度に
直接的ですが、「相手を傷つけることをありのままに言う」ほどでは
ありません。

(3)マインドセットはポジティブ志向かネガティブ志向か?

シリコンバレー人は超ポジティブ志向で、ネガティブな雰囲気を
病的に嫌がります。同書によると、重病人に「調子はどう?」と
聞いても「元気です」と答えるということです。シリコンバレー人が
全員、常にポジティブで楽観的なのかというと、そういうわけでは
ありません。彼らも人間ですから、嫌なことも辛いこともあります。
親しくなって個人的な話を聞くと、ポジティブな態度の合間に、
さまざまな問題や悩み、不安が垣間見えることがあると言います。
彼らの病的にポジティブな姿勢は「作られた」部分もあるようです。

しかし、ネガティブな言葉を口にすれば、それが自分を縛って後ろ
向きな気持ちになって芳しくない結果を招き、さらに気持ちはより
ネガティブになるという「負のスパイラル=負け犬への道」を彼らは
恐れているのです。だから、やせ我慢をしてでも、それに耐えようと
するし、チームではお互いに鼓舞しあってポジティブな雰囲気を作ろう
とします。

いかがでしたでしょうか。
一筋縄に「外国人」とくくってしまうのは非常に危険です。本メルマガで
紹介した日米だけでなく各国の文化の違いをPEGL[ペグル]のリーダー
シップ力トレーニングコースの中でもCultural Intelligenceという
科目内で学びます。講師は、(2)の中で触れているジャパン・
インターカルチュラル・コンサルティングの創立者兼社長を務める
ロッシェル・カップ氏で、違った文化の仕事相手―顧客、部下、上司、
同僚、サプライヤー、提携先などと、より良いコミュニケーションと
人間関係を形成するコツを(2)で紹介した図にポジショニングして
学んでいきます。みなさんは普段、どのような態度で外国人に接して
いますか?


◆ソース◆
================================
『SONYとマッキンゼーとDeNAとシリコンバレーで学んだ 
グローバル・リーダーの流儀』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
https://www.amazon.co.jp/dp/4799314165/
pp.150‐170
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